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第42話

 三浦と初めて出会った日のことは今でも鮮明に覚えている。  当時中学生だった桜木は、眉目秀麗な容姿から一目置かれていることは周知の事実であった。それ故に近寄り難い存在へと勝手に祭り上げられた感覚が確かにあった。  まるで腫れ物であった。  そんな時、竜ヶ崎と三浦に出会った。と言うよりは巻き込まれたといった方が正しい。  三浦がすれ違い様に桜木の腕をとり、これから行く道を阻んだ。「これより先は危ないから迂回して欲しいんだけど」。   初対面の恐らく年上であろう男に引き留められたら、それに大人しく従うが吉だった。しかし、思春期であることも手伝って、つい突っぱねてしまう。  それが出来てしまうほどに、目の前の男が貧相で弱腰だった。  三浦の助言を聞き流して先へ進んで行くと、人気のない踊り場で体格の良い男たち数人が路上であることも構わずに伸びている。今時にはいない昭和のツッパリたちが切った張ったの世界で生きているかのようだった。  なんて時代遅れで、センスの無い。そう感じた時であった。男一人、他を圧倒して直立している。鬱陶しそうにしていた金髪を乱雑にかきあげて、一段落したかに見えた。  だが、一人勝ちした男は、それで終わらなかった。  一人一人に一箇所、鈍い音と共に骨を豪快に折っていったのだ。冷酷非道とも思える現場に居合わせ、中学生だった桜木に脂汗と冷や汗が同時に身体のあちこちから流れた。  先刻に桜木に警告した男の助言を聞いていれば、この悲惨な現場を見ずに済んだと言うのに。  ごきん、ごきん、ごきん。それから続く阿鼻叫喚。半べそをかく男もいたほどに激烈な痛みが彼らを襲う。  それにしても、これだけの騒ぎにどうして大人の介入が遅いのか分からない。だが、単純作業をこなすように他人の骨を折っていく様は、まるでサイコパスのような猟奇さを感じた。 「うわぁ、またやり過ぎてるよ」  桜木の後ろから、三浦が忍足で近寄る。「さっきまで隠れてたんだけど、俺、あの金髪頭の幼馴染みなんだ」。  イキがって助言を聞かなかった手前、すっかり縮み上がって身動きが取れないことを悟られたくなくて、平然を装って三浦を非難した。どうして仲間の助けにならないのか、と。一人勝ちしている相手に、実に無意味な非難である。  しかし、三浦は言う。「自分は弱い」。  あのサイコパスな男を遠巻きに見つめながら、「かと言って、堂々と守ってもらう気もない。だから、俺は堂々と逃げたんだ」と背を丸めていう。 「奴の隣にいるには自分に何ができて何ができないのかよく理解しとかないと、俺までも喰われそうだよ」 「それでもなんで幼馴染み続けてんすか」 「そりゃ、幼馴染みだからだろうよ」 「……馬鹿なんすか」 「そうかもなぁ。でも、カッケェんだよ。あの孤高な狼が」  「この状況でシロの肩を持つのは違うんだろうけど、最初に突っ掛かってきたのはアイツらなんだよ」と三浦は申し訳なさそうにいう。 「正当防衛だったんすね」 「いいや違うね。過剰防衛だ」 「やっぱりそう思います?」 「俺のためとは言え、飛ばし過ぎだろ。何度も学校で厳重注意受けてんだぜ?」 「これだけのことを以前にもやっといて、それだけ?」 「だって男子校だもん」  ここら一体の男子校といえば、S校一択だ。あの治安の悪い。 「僕の中で絶対に受験したくない高校ワースト一位のとこだ」 「それで間違いねぇ。シロの暴走が校内でも割とあるしな」 「世紀末みたいっすね」  そして、三浦は続ける。「でも、シロはな。一度だって自分から手を出したことないんだ。だから、俺は俺なりに俺を守って、シロのポリシーを守る」。  三浦の桜木は金髪頭の男を遠巻きに見ながら「俺もあの金髪の人、カッコイイと、思う」とひとりごちる。  不意に呟いた独り言が、三浦の耳に入り即座に「だろ!!」と賛同してくる。 「の割には膝笑ってますけど」  なかなか格好のつかない三浦は、そっぽ向いて「うっせ」とだけ言うと、その小刻みに震える膝で死地へ赴く。  簡単に頭を小突かせる金髪男。おそらく説教を食らい、不満そうにブツブツと何かを言っている。十中八九、三浦に謝罪の言葉を言わされているのだろうが、あの不満そうな雰囲気からして金髪男の謝罪は本意ではない。  しかし、三浦に従うところを見る限り、金髪男は三浦を重宝していることは見てとれた。  一段落したのか、金髪男は三浦を小脇に抱え桜木の方へと戻ってくる。悠然と高校生を小脇に抱えて歩く姿が、桜木には何とも言えない憧憬の念を焚き付ける。  人間として尊敬できる三浦と、それを分かっているのか、重宝するように手元に置いておく金髪男。絶妙な二人の関係性がとても羨ましく感じた。  あの輪の中に入れて欲しい、そう思うのはもはや必然であった。

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