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第43話

 後日、S校の周りを嗅ぎ回っていれば、三浦以上に竜ヶ崎の三浦に対する寵愛ぶりが窺えた。リスクを冒してでも手元に置いておくくらいなのだ、三浦へ異常なまでの感情を向けているに違いない。  さらに、嗅ぎ回る桜木の気配に気付いてこちらを注視されたことが何度もある。こちらは隠れているのにも関わらず、獣の感覚でこちらを見てくる竜ヶ崎に恐れ慄きながらも、やはり、彼の後ろ姿を見ることだけは止められなかった。  それから桜木は考えた。あの輪に入ることは到底叶わぬ夢であると。同時に、三浦がいての竜ヶ崎であるとも痛感した。   三浦の危険は竜ヶ崎の危険。三浦を守ることは、竜ヶ崎をも守る行為である。  せめて、竜ヶ崎が威風堂々としていられるよう、影から支えることを決めた。そのためには、ここで隠れて竜ヶ崎の姿を見ているだけではいけない。  桜木はこちらに注視する竜ヶ崎の視線に背を向けて踵を返した。「まずは竜ヶ崎さんや三浦先輩以上の頭がいるな。それから、三浦先輩を守れるだけの力も」。  目的が定まった桜木の目標達成への努力は、周りから見ても目を見張るものがあった。教員がS校への進学を真剣に止めるほどに。なかには、国立や高専に行けば地毛証明など必要なくその髪色のまま生活できるなどと甘言を垂らす者がいた。  しかし、桜木には、ようやく二人と同じ高校に通えるという悲願が叶うのだ。だからこそ、教員のどの誘惑も、桜木にとっては戯れ言だった。  そうして、S校への進学が決まり中学を無事卒業したその日。  桜木は、他人から羨望の眼差しを向けられるブロンドの髪を化学液で真っ黒に染め上げた。それから、碧眼も黒のカラーコンタクトで擬態する。日本人に、というよりは、三浦先輩に。  無論、同じ学校に通うようになってからは、以前よりもぐっと情報収集がやり易くなり、三浦先輩と竜ヶ崎を取り巻く状況が見えてくる。それは、共学になっても他校からのちょっかいは、一朝一夕には無くならないこともそうだ。  何度、桜木が三浦と間違われて絡まれたか。その度に、否定せず真っ向から返り討ちをお見舞いしてあげたのだ。竜ヶ崎がいくら口だけで三浦先輩の裏番説を吹聴したところで、実態が掴めないカルトじみた妄言を信じるには実績がなさすぎる。  つまり、少なくとも桜木のこうした助力があり、三浦裏番説が他校へ波紋のように流すことができたと言っていい。——竜ヶ崎本人に伝わることもなく。  だが、これでいい。竜ヶ崎を間近で見るようになってからは、憎まれ口を叩くことでしか言葉を濁せなくなるくらいにまで——。 「よし、これで十分、報われた」  深く息を吐いて涙を早く引っ込める。竜ヶ崎がメールだけでも気付いてくれただけで、此処へ入学した甲斐あったというものだ。  二人が抜けた生徒会室に一人佇む桜木。そして、ハッとする。この後菊池の助太刀をするために呼ばれていたことを。だが、上背が菊池と大して変わらない桜木一人が言っても状況が好転するとは思えない。今こそ、竜ヶ崎の威厳が必要だ。  今から連絡して間に合うだろうか。二人に電話をかけても繋がらない。仕方なく別の人間を用立てるために、慌てて教室を出た刹那。 「あら、肇。コレ必要かしら?」  菊池がドア横で待ち伏せ、いつかのハンカチを差し出した。 「何言ってんすか。それ、僕のでしょう。今返すんですか」 「こっちこそ何言ってんのよ。使ったら返してよ、ソレ」  腕組みをしたままの菊池は、こちらに視線も寄越さずにいう。「ソレ、私物化してんのよねぇ」。 「堂々と借りパクですか」 「ええ。もし、返して欲しければこれからも私の補佐をよろしく頼むわ」  桜木は溢れる笑みを菊池に向けて、ハンカチを返した。 「なるほど。ベクトルの違いは教頭ではなく、僕だった、と」 「そういうこと!」  そう言って、菊池はにか、と花が綻ぶような笑みを見せてくれた。芯の強さを感じる一本の向日葵のようだった。 「……じゃあ、僕、地毛証明出します。あと、カラコンも外します」  この場でカラコンを外して菊池を見たが、菊池の第一声が「アンタ、売れるわ」の一言だった。逞しい女は嫌いじゃないと、桜木は改めて思った。                      ——完—— ※サイドストーリーまで読んでくださりありがとうございました!  次話からは次回作へのプロローグ的なヤツを近日公開予定です。もちろん、こちらで執筆するので、こちらのキャラクターがメインなのでご安心ください汗

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