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第45話

「ちょっと酷いな、竜ヶ崎さん」  桜木の遅れた成長期と一緒に、さらに低さを増した艶のある声色で竜ヶ崎に微笑みかける。竜ヶ崎とほとんど視線の位置が変わらない二人を交互に見ながら、弓月は口寂しく思う。  竜ヶ崎も黒髪にしたまま眼鏡をかけ、以前の面影を完全に消し去っている。もっというなら、菊池も今年は品のある金髪にイメチェンをした。  もっとゆっくりとビーフサンドを食べていれば、今でも口に運べる物があったというのに。 「君が主役の桜木君だな。全員揃ったことだし、とりあえず座りなよ」  近村が人数分の椅子を他所から取り寄せる。近村は、こういうさり気ない気遣いができる男で、今いると噂されている彼女をとても大事にする愛妻家に近い男だ。——だから、堂々と私物のゴミを整理する姿に、疑念を持たざるを得ないのだが。 「なんか、僕が三浦達から聞いていたイメージと全然違くてびっくりしたなぁ」 「初めまして。僕、生まれも育ちも日本なんですけどノルウェーとのハーフでして。あ、僕も百合さんから近村先輩のことは聞いてますよ。あと、三浦先輩や竜ヶ崎さんのことも」  「竜ヶ崎さんに至っては随分と鳴りを潜められたようで」桜木は自分の目元を指差して、眼鏡を想像させる。  仕草の一つ一つが優美で、竜ヶ崎へ憎まれ口を叩いていた頃が遠い日のことのようだ。 「つか、近村いつまで座ってんだよ、そこ代われ」 「えー、もう座ってんだし良くない?」 「代われ」 「はぁ……肇。この光景久しぶりでしょ? 未だにこんな感じなのよ」  金髪ロングを靡かせる様が異様に似合う菊池は、隣の桜木に嘆息混じりにいう。それに同意して苦笑する桜木、それから近村を押し退けて弓月の隣を陣取る竜ヶ崎の順に目をやる。今日の場において懐疑的な眼差しは失礼に値するが、弓月はどうしてもやめられない。  全員が集まったところで、各々注文をする。竜ヶ崎は「ゆづはもう食ったんだっけ」とこちらを見ずに声を掛ける。 「今からが本番だし」  竜ヶ崎が手にしていたメニューを取り上げて、「桜木君何にする?」と向かいに座る桜木と共有した。 「三浦先輩達から決めちゃってください」 (三浦先輩、ね……シロの時は竜ヶ崎サン。今思えば、最初から桜木君は……)  すっかり大人の男に仕上がった桜木を正面に据え、宝石のような輝きを放つ瞳を凝視する。  弓月は忘れもしない。竜ヶ崎の内申点のために臨時で生徒会の世話になった時期に、桜木が竜ヶ崎の頭を撫でられた時の表情を。それから、竜ヶ崎だけに送っていた、応援メールも。 「三浦先輩? 決まりました?」  凝視から呆然と見つめるに変化していた弓月は、愛想笑いで桜木と菊池にメニューを差し出した。 「どうした、ゆづ」 「……別に」  つい、つっけんどんに竜ヶ崎を突き放す。それを意に介さないのは、竜ヶ崎の長所とも言えよう。「そうか」とだけ言い、変わらず弓月の頭を掻き乱した。 「やっぱり気になるんだけど、どうしたの? その髪の色は心境の変化があったとしか思えないんだけど」  近村が心配そうに菊池を覗き込む。気丈に振る舞うのが常の菊池を、心から心配しての問いだったのだろう。 「その通りよ。心境の変化があって、ド金髪頭にしてやったわ」 「僕で良かったら話聞くけど」 「ネガティブな変化じゃないから心配はご無用よ」  そして、菊池は柔和な笑みを浮かべた。隣には、「僕は止めたんですよ? 綺麗な地黒の髪が勿体無いって」と凛々しくも柔らかさを滲み出す桜木。  弓月が頭の中に浮かんだと同時に「二人お揃いみたいで良いんじゃない? お似合いだよ」と近村が代弁するかのようにいった。  近村の言葉が弓月にとっては束の間の安心となって、ざわついていた胸中が徐々に穏やかなものになっていく。  すると、ビーフサンドでは感じなかった、料理の美味しさを感じ始めた。  高校時代の友人(+α)との再会で、ようやく楽しい会になりそうだ。

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