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第46話

 穏やかな気持ちを取り戻した弓月は、和やかな雰囲気の中、頼んだ料理を小さい身体にある胃袋に収めていく。  「K大のカフェはコーヒーよりご飯物が美味しいと聞いていたけど、本当にこれはお茶しに行くよりランチで行く方が正解だわ」と舌鼓を打つ菊池の言うように、K大のカフェや食堂と呼ばれる場所全ての食は、安価ながらにクオリティが高いとA大学生から羨望の眼差しを向けられているのは周知の事実である。 「追加で何か頼むか?」  竜ヶ崎は箸が止まらない弓月を見ていう。「俺が出すから、遠慮せず食え」。  待ち望んだ一言に、弓月は目の色を変えて竜ヶ崎を見た。 「言ったな? 俺、まだ半分くらい空いてるけど」 「おう、こういう時のためにバイトやってんだから、じゃんじゃん食え」 「やりぃー!!」  近村も「三浦はよく食うよなぁ」と感心していうが、竜ヶ崎は顔色ひとつ変えず暴露する。 「元々ゆづは大食漢だ。でも、大学に進学して、一緒に住むようになってからはもっと食うようになったな。育ち盛りか?」 「んーそうかも」  当事者である二人は弓月の食欲を成長だと捉えたが、外野にいる全員が目配せをする。この後の言葉に困っているのだ。  近村が先陣を切るように、だが、歯切れ悪くしていう。「そ、それは……成長するにはいっぱい食べるのが必要だもんね、成長するには」。  だがここで、何をするにも一番を勝手出る近村のスマホに一本の連絡が入る。おそらく、近村の途中離脱を知らせる合図でもあるだろう。  その予想通り、電話を切った近村が「途中で悪いんだけど、お呼び出しがかかってきたから、僕はこれで失礼するわ」とそそくさと席を立った。 「桜木君も、ちょくちょくおいでね!」  そう言い残した近村は足早にカフェを退店した。その後ろ姿を見ながら桜木は呟く。「清々しいほどに、彼女一筋なんですね」。 「そうだな。俺らの中で相手がいないのは菊池と桜木、お前らだけだぞ」 「あら。私は独りにならざるを得ないだけよ」 「……どう言うことだ」 「まだアンタが弓月君の隣を陣取ってるから」 「お前、まだそんなこと言ってんのか」  不穏な空気を纏いつつある二人だが、桜木と弓月は全くといって良いほど歯牙にも掛けない。それよりも、弓月が卒業した後、高三で劇的な成長を遂げた桜木の成長の秘訣を知りたくて仕方がない。 「やっぱ、牛乳なの?」 「僕にもよく分からないんですよ。本当に急で。おかげで成長痛が激烈に痛くて。学校も二週間ほど休んだくらいですよ」 「そっかぁ……でも、今は180超えてるんだよねぇ……いいなぁ。カッコ良いの」  目前の眉目秀麗な桜木を惚けて見つめていると、「悪いゆづ。俺もヘルプ来たから抜けるわ」と菊池と静かなる冷戦を展開していた竜ヶ崎がいう。  だが、円卓テーブルには竜ヶ崎によるタダご飯がまだ並んでいる。弓月は幾秒もの思考の後、残る旨を伝えてものの一時間で三人になってしまった。  それからは他愛ない会話が続く。無意識だが、ご飯が美味しいと感じられる会話だけを選んでいた。  早々にお開きになった三人は解散する。  いつの間にか、入学式に桜の開花が通り過ぎる近年。春先の強い風に煽られて、残り少ない桜の花弁が舞う。  若葉さえ芽吹き出す桜の並木道を抜けて、大学の敷地から出る。西日が沈みかけると、昼間のうららかさから一変、肌寒さと共に寂寥感が込み上げてくる。  出会いと別れを同時に経験する季節なだけに、目まぐるしい変化を痛感する。とくに、弓月の周りも大きく変わった。今年は桜木だけでなく、菊池も大きくイメージチェンジをしていた。桜木が大学進学を機に素を出したタイミングと重なる。菊池のことだ、何らかの意図があるだろう。 (皆、立ち止まらずに歩いてるんだよな……)  近村は教員免許のために、教員カリキュラムを別途で受けている。竜ヶ崎は既に入社したい会社が決まったらしく、それに向けた準備を少しずつ着手している。  だからこそ、桜木と菊池に将来の話を話題にできなかった。  自分には何の目標もないことが露呈することだけは避けたかった。

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