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第47話
弓月は高校よりも体感する劣等感を忘れるように、街中をひとりぶらついていた。帰宅してもどうせ一人だ。一番に電気をつける弓月は、灯りのある部屋に帰りたいと思った。
しかし、ぶらついていた弓月の足が向かうのは、皮肉にも竜ヶ崎の勤める個別指導塾。授業や自習の様子が外からも分かるように、ガラス張りされた室内は丸見えだ。
以前、竜ヶ崎が言っていた。スーツや私服の上から白衣を着衣する講師のほとんどが大学生だと。個別指導塾に至っては、講師をバイト生で賄っていると聞いた。——ということは。
丸見えな室内を遠巻きに見ながら、向かいの道に立つポールに軽く尻を乗せる。
シンプルな私服の上に白衣を羽織り眼鏡までかけた、「有名私立大在籍の竜ヶ崎」として年齢の近い学生は見ている。
一対一の近い距離で授業をする竜ヶ崎の姿を見つけた弓月は、授業を受けているだろう女子高生に苛立ちを覚えた。全く面識のない相手なのに。
スマホを開いて時間を潰していると、程なくして授業が終わったらしく、席を立ち始める生徒たち。続々と帰路に着く学生の中に、このコマでバイトが終わった講師陣も一緒に生徒と同じ出入り口から出てきた。
そのスマート集団の中には竜ヶ崎もいる。次いでに、学生も講師たちに群がり中々帰ろうとしない。
今出てきた講師陣の人気ぶりが窺えたところで、竜ヶ崎と目が合った。すると、スマート集団に声をかけて、一抜けしてきた。無論、生徒に惜しまれながら。
弓月のいる向かいまで足早に来る。「今までアイツらと一緒だったのか? 結構長かったな」。
「ううん、割と早めにお開きになって、迎えに来ただけ」
バイト仲間と関係良好に、社会性を身に付けた竜ヶ崎を横目に先を歩いた。
(前のシロなら、他と馴れ合うなんて絶対に有り得なかった……良くも悪くも。——金髪だったから)
「そういえばさ、塾講師って髪色の規定ってあるの?」
「あー……あんまり聞かねぇな。少なくとも俺のところは、厳しくないんじゃねぇか?」
「そっか。じゃあ高校も卒業したのに、何で未だに黒なの? 色、戻さないの?」
「何。戻して欲しいのか?」
「な、なんていうか、皆大学生になったら髪色変えるから……。シロはすぐ戻しそうだったのに、どうしてなのかなって」
弓月の問いに、竜ヶ崎は然程考える間もなく、「俺が金髪にすると怖がられるからな」と答えた。
「ゆづがもう俺の直接的な保護が必要なくなったからな。皮肉にも菊池のおかげで」
菊池の大躍進で、S高校は普通校でありながら偏差値の高い人気校へと成り上がった。それに付随して、寄ってくる生徒の層も大分変わったため、弓月へ直接的な危険はほとんどなくなっていた。
だとするならば、竜ヶ崎のいう協調性のために見た目に気を遣うことは悪いことではない。——ないのだが、竜ヶ崎がそれを考えてしまうことが、気に食わなかった。
「それは、今までチヤホヤされたかったってこと?」
弓月の苛立ちが口調にまで表れる。それに竜ヶ崎が足を止めてこちらを見る。
「ゆづ。お前、今日ずっとおかしいぞ」
「……はは、否定くらいしろよ」
まるで、出会いを探しているように感じてならないのは、弓月の妄想であることは百も承知だ。竜ヶ崎が今も変わらず弓月を一番に好きでいてくれることも、ちゃんと自覚しているつもりだ。
しかし、弓月の劣等感が、不安を呼び起こしては安心させてくれない。
「塾はいいよな。レベルの高い大学生がいて、年下の可愛い高校生だっている。楽しそうじゃん。何となくバイトはしてなかったけど、俺もしてみようかな、塾講師」
湯水のように出る嫌味や塾講師を侮辱するような言葉の数々。溜めこまれた鬱憤は、腐敗して異臭を放つようだった。
竜ヶ崎も我慢の限界に達したようで、「今のお前には、人にモノを教える資格はねぇ」と静かにいう。
それが弓月には、自身の劣等感を指されているような気がして、思わずその場から逃げ出した。自宅から遠ざかる道を選んで疾走する。
「オイッ! どこに行くつもりだ!」
複雑な感情から落ち着きたくて、竜ヶ崎が追う声にも耳を閉ざす。
幸い、時間を潰している際に近村の所在を確認して、近村は家に帰宅していることを知っている。もしかしたら来るかもしれない、と伝えていたことが功を奏した。
竜ヶ崎に不安をぶちまけてしまうかもしれないと思っていても、会いたい、が無意識に歩みを竜ヶ崎の方へ向かわせてしまった。
その結果がこれだった。
だが、弓月と竜ヶ崎では、足の速さに雲泥の差がある。少しのアドバンテージでは、落ち着きを取り戻す前に追いつかれるのが関の山だ。
「ほっとけよ! 俺はただ、近村のとこに行くだけだから! すぐ帰るし、シロは先帰ってて!」
口惜しいが情報を明け渡して、竜ヶ崎が引き下がることをただただ願う。
そのくせ、「駄目だ。帰んぞ」と竜ヶ崎があっさり追いついて、弓月を小脇に抱えてまた自宅方面へと踵を返されたことに、酷く心が落ち着いた。
「堂々と浮気発言して許す奴がいるか、バカが」
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