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6.狐は探す②

   *** 「……ふーん。つまり昨日は、その狐が助けてくれたってことか。で、あろうことかそいつは、初対面のコウのおでこに……」 「それ以上はやめて」  大学の学食の片隅で、コウは食事をしながらによによ笑う淳を制止する。  幸か不幸か、淳も異形が視えるタイプの人間である。しかも母方の実家が神社らしく、コウとは違って彼らを祓う術を知っていた。故に彼には昔から、こうして異形に関する相談に乗って貰っているのだ。実は蒼月が現れる前に異形からコウを救ってくれたのも彼である。 「助けてくれたのはありがたいけど、額に……なんて、する必要があった? 術を掛けるなら他の方法でもいいと思わない?」 「いや、俺は知らんけどさ」  呟きつつ、淳はうどんをずるずる啜った。ちなみに種類はきつねうどん。横にはいなり寿司の乗った皿が並んでいる。昼食を買ったのは話をする前とは言え、目の前で見ていてなんとなく気まずくなる食べ物だった。  コウは自分の前に視線を落とし、未開封のメロンパンを人差し指でつつきながら言葉を続ける。 「それにあいつ、荼枳尼天の使いとか言ってたけど、なんで俺を助けたんだろ。また会いに来るって何しにくるのかわかんないし。それに……あいつに会ってから何か気持ちが落ち着かなくてさ……。はぁ、やっぱり俺はダメかもしれない……」 「……お前、そいつに恋でもしたのか?」 「はぁっ!?」  淳の言葉に思わず大声を上げてしまい、周りの学生が一気に振り向く。視線が集中するのを感じたコウは、慌てて声をひそめて言葉を続けた。 「そんなはずない!! この感覚はその……恋とか愛とか、そういうのじゃないんだよ!」  ずっと探し続けたものが見つかった時のような。  古い約束を果たして貰った時のような。  例えるとすれば、そういう感覚に近いと思う。  だからこれは、断じて恋愛感情などでは無いのだ。……おそらくは。 「大体相手は異形だよ? まったく……もう少し真剣に考えて」 「真剣に、ねえ……」  淳は箸をうどんの器の上に置き、机の上に頬杖を突いた。 「なら言わせて貰うけど……お前、そいつとはもう関わるな。次会いに来ても完全無視だ」 「え?」  目を瞬かせるコウに、淳は軽くため息をついて言葉を続ける。 「相手が異形なんだから当たり前だろ? ちょっと前なら好きにしろって言っただろうけど、今はお前、奴らに喰われそうになってんだ。気を付けるに越したことはない」 「昨日は助けてくれたのに?」 「それは単に自分が狙う餌を守っただけかもしれないだろ? 大体狐なんて、昔から嘘をついて人を欺す生き物じゃねぇか。しかも九尾と言えば、悪い奴が多いしな。次に会いに来たときには、頭からがぶりとやられるかもしれない」 「でも、そんな風には……」  言いかけて、昨晩に見た夢の内容を思い出す。咲き誇る梅花の下、死体の海に佇んでいた白銀の狐。あの流れる長髪に憂いを帯びた碧眼は、昨晩に見た蒼月の姿と一致していた。  あれは単なる夢の話。だが妙に現実味を帯びていた。もしかすると、本当にそういうことがあったのではないかと思わせるほどに。 「……分かった。気を付ける」  頷くと、淳はにっかり笑っていなり寿司を一口かじった。

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