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7.狐は探す③

「そうそう、それでいいんだ。異形なんて、本来人間が関わるもんじゃねえからな。そんな得体のしれん奴より、俺を信用しろよ。この前みたいに、ちゃんと守ってやるからさ」 「ありがとう。でも、守ってくれるよりお前が使ってる退魔の術を教えてくれた方が嬉しいんだけど」 「へっ。残念だが、お前にゃ無理だよ。あれは死んだお袋から教えて貰った俺専用の術だからな。ってか、何度もそう言ってるだろ」 「知ってるけど。聞き続けてたら気が変わって教えてくれるようになるかもしれないじゃん?」 「ないない。いい加減諦めろー」 「ええー」  コウはメロンパンの袋を開けて、ザラメの乗ったクッキー生地にかじり付きつつ、再びうどんを啜り始めた淳を一瞥した。  淳の母親は、彼が小学一年生の時に亡くなっている。原因は、膵臓がんだと言っていたか。シングルマザーだった故に、淳は母方の実家の神社に引き取られたが、その時の親戚同士での議論は揉めに揉めたらしい。葬儀と諸々の手続きを終えて二週間ぶりに学校へ来た時の淳の暗い瞳の色は、今でもはっきりと覚えていた。  コウも物心ついた時には両親とも失っており、叔母の家で育てられてきた。そういう意味でも淳とは共通点があり、互いに一人暮らしを始めた今でも、何かと支え合っている。最も、最近ではほとんどコウが淳に助けられてばかりではあるが。  そのまま他愛のない話をしながら、コウはメロンパンを、淳はうどんといなりを食べ進める。そして一時を過ぎ、午後の授業が始まったところで、二人はようやく食事を終えた。 「あー、食った食った。ってかお前、メロンパンだけで足りたのか?」 「十分。最近食欲なくてさ」 「異形のせいか。あーあ、俺が代わってやれたらなあ」  二人揃ってため息をつきつつ、学食から大通りに出る。  四つの講義棟に面したこの通りは、この大学のキャンパス内で最も賑わう通りである。午後の授業が始まった今でも、空いた時間を持て余している学生達が談笑しながら行き交っていた。 「しかし、寒いな」  隣を歩く淳が、軽く肩をふるわせた。  ようやく三月に入ったものの、吹く風は肌寒く、冬の名残を感じさせる。道行く人々も、皆コートに身を包み、時にはマフラーや手袋を付けている者さえ見受けられた。  コウもトレンチコートの腕の部分を引き寄せて、せめてもの暖を取ろうとする。  その時ひらりと、横から白い花弁が振ってきた。 「あ……」  目線を上げれば、白梅の木が花を付けていた。未だ咲かない桜の木に挟まれて、早春の訪れを伝えている。  その甘くも爽やかな香りが僅かに尾行をくすぐった直後、横をすれ違った女子学生の、黄色い声が耳に入った。 「ねえ、さっきの人、ヤバくなかった!?」 「ねー、めっちゃかっこよかった! チャイナファッション、って言うんだっけ? すっごい似合ってたよね!」 「モデルさんかな? 肌真っ白だったし、目が青かったし」  チャイナ。肌が白い。目が青い。  三つの単語が、コウの胸をざわめかせた。白梅の方に寄せられていた意識が、今度は女子学生達が歩いてきた方向へと向けられる。途端に先へ進むのが億劫になり、コウはその場で立ち止まってしまった。 「ん? どうしたんだよ」 「いや……すごく嫌な予感がして」  想像はあくまで想像に過ぎない。もしかしたら本当にどこかのモデルかもしれないし、独特なファッションセンスを持った学生というだけかもしれない。そもそも一般人の目に見えているという時点で異形でない可能性が高いが、それでも不安は捨てきれなかった。  蒼月とはもう関わってはいけない。次に会っても完全無視。  先程の淳の忠告を思い出し、コウはくるりと踵を返す。 「ねえ、淳。やっぱり別の門から帰らない?」 「……もしかして、あの狐か?」  こくりとコウが頷くと、淳は表情を険しくした。 「分かった。なら、見つからないうちに早く――」  しかし彼の言葉が終わる前に、コウの右腕が強く後ろに引かれた。 「見つけた」

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