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12.狐は逃げる①
蒼月が、跳躍した。
風と重力をその身に感じ、コウはぎゅっと目を閉じる。無意識に蒼月の首へ手を回し、固くすがりついていた。
やがて身体に掛かる負担が消えた時、コウは恐る恐る瞳を開いて辺りを見た。
「――!!」
そこは、マンションの屋上だった。どうやらさっきの一瞬で、蒼月は地上からここまで一気に飛び上がったらしい。彼はコウを抱えたまま、川に浮かんだ飛び石を渡るが如く、マンションやビルの屋上を軽々と渡っていく。
背後からは二匹の狐が牙を剥き、二人に向かって迫ってきていた。その様子を蒼月の肩越しに見たコウは、悲鳴交じりに問いかける。
「ねえ、戦って追い払わないの!? 昨日みたいにさ」
「それが出来ればいいのだが、この時代はいろいろ面倒らしいからな。お前もさっき言っていただろう、術を使うな、人目を惹くなと」
「それは人前でって話だよ! 今は異形の姿で、普通の人に見えないんだから大丈夫だってば!」
だが蒼月は、不快そうに瞳を細めた。
「……私達の姿が見えないとしても、戦闘となればその辺りのものを破壊してしまう可能性がある。術を使えば修復可能だが、物がひとりでに壊れてひとりでに直る光景を見れば、十分人間の視線を惹くだろう」
「う……それは確かに……」
下手をすればニュースで全国放送されてしまうかもしれない。
そんな事を想像している横で、蒼月は軽くため息をついた。
「何せお前を連れ出す時にもあれだけ注目されていたのだからな。全く、現代の人間は些細な事でもよく騒ぐ」
「いや、いきなり公衆の面前で抱きつくのは些細なことじゃないよ!?」
蒼月に突っ込みをいれてから、コウはもう一度後ろに目をやった。
二匹の狐は、相変わらず二人を追いかけてくる。かなりの距離を逃げ回っているのにまだついて来ている辺り、ただでは見逃してくれそうにない。
だが、戦わないならどうやって彼らから逃げ切るのだろう。
不安を抱えつつ、コウが蒼月へ視線を投げると、彼は一言「まく」と答えた。
「まく……って、どうやって?」
「私達の周囲に結界を張り、奴らの目を欺く」
告げた蒼月の瞳が、一瞬蒼く輝いた。
ひらり、と白い花弁がコウの鼻先を通り過ぎる。続けて花吹雪が、二人の身体を包み込んだ。
「わっ! これ……」
白梅の花弁が、自分の身体の横を通り過ぎて行く。むせ返るほどの甘い香りに、コウは思わず目をくらませた。だが無数の白い花弁は、すぐに雪のように空気に溶けて消えていった。
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