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第7話

 昨日と変わらない今日だ。カレンダーのマス目を左から右へひとつ進んだだけの、時計の針が、地球の自転が、決まった数を回っただけの、昨日と変わらない今日。  捨て損ねたキャットタワーに、買いすぎた冷凍食品に、広いばかりの寒々しいベッドに、少し落胆してはそれを自嘲している。いつもどおりアラームを散々無視してやっと起きだし、いつもどおり出勤し、いつもどおりカウンターに立つ。仕事と恋愛の愚痴に適当な相槌を打ち、胡散臭い金と性の話は聞こえないふりを決め込み、本気か冗談か送られる秋波に愛想笑いを返す、いつもどおりの今日。  静かにタリスカーを飲んでいたアイが、手首の時計に目を落とす。 「やだ、ゆっくりしすぎちゃった」 「時間?」 「うん、ごちそうさま」  酒代のほかに決まってチップを寄越す上客をドアの外まで見送ると、振り返った彼女がにこやかに笑う。 「よいお年を」 「アイさんも、よいお年を」  頬に贈られるキスを、頬へのキスで返す。 「オーナーにもよろしく」 「うん。足元、気をつけてね」  はーい、と笑って高いヒールで危なげなく歩きだす彼女がエレベーターに乗り込み、階数表示が下がっていくまで見守って、ルミナは震えるほど寒い廊下から暖かい店内に戻った。  死んだ売人にまつわる騒動の顛末は、自分の耳には聞こえてこない。あれからハヤシもタチバナも何も言ってこないし、ネットニュースの見出しにすらなっていない。あの鍵が何だったのか、果たしてハヤシの期待するようなものだったのかを尋ねる理由は、ルミナにはなかった。  あとほんの一時間ほどで今年最後の営業が終われば、クリスマスリースを外して数日しか経たないドアには、正月飾りと年末年始休業のお知らせが貼られることになる。  年の瀬で客は少なく、アイが去れば店内に客はいない。早仕舞いして、今夜はゆっくり酒でも飲もうかと考えていると、そんな目論見を嘲笑うように、カラン、とドアが開いた。 「いらっしゃいませ」  ドアの隙間から覗く、傷んだピンク色の髪。  寒さで真っ赤になった頬を手で擦りながら、窺うように、上目遣いでルミナを見る。 「あの、まだ……やってる?」  あれだけ人懐っこい彼が、人見知りの子供のようにもじもじとするばかりで、不意の再会は奇妙な沈黙とともに叶うことになった。いつまでも戸口に立ったままのエムに、どうしてか失っていた言葉を、やっとたぐり寄せる。 「こっちおいで、なんか作ってあげる」  エムはこくりと頷くと、ルミナの正面のスツールに腰かけ、頬杖をついた。 「甘いのがいいな――カルーアミルク」  あの時と同じカクテルをオーダーし、耐えかねたように、くすくすと笑いだす。 「ねー、ルミナくん、ちょっと気障だよ」  ルミナもまたくすくすと笑いながら、こちらを見上げるエムの頬に手を伸ばした。 「おかえり、エム」  熟れて落ちそうなほど赤く、氷のように冷たい頬だ。  伏せるとやけに切れ長の目蓋を、心地よさそうにうっとりと閉じる。ピアスの連なる耳をあやせば、ルミナの手に手を重ねて、すり、と、頬を擦りつける。その手もまた、氷のように冷たく、生命の脈動がある。そうしてエムは、甘えるようで泣きだしそうな声で、うっとりと呟いた。 「ただいま」

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