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日常が非日常に変わる時-4
何の躊躇いもなく頷いて見せた一に、辰臣の脳内は混乱を極めるばかりだ。
目の前の紙袋は、やはり女性が好みそうな柔らかい色合いをしているし、本当に自分宛で間違いがないのだろうか?一から真っ直ぐに突き刺さる視線が痛い。
これは、どう振る舞うのが正解だ?もしかして、ツッコミ待ち?あんまりそういうイメージがないお人だけど、まさかボケてる…のか?いや、分からない。本当に俺にプレゼントを買ってきただけ?いやいや、それにしたっておかしい。別に今日は誕生日でもなんでもないし。
ごくりと唾を飲み込んで、辰臣は覚悟を決めた。
「はは、中身なんだろう?ここで開けちゃってもいいですか?なーんて…」
へらりと笑った顔は、引き攣っていないだろうか。
辰臣なりの精一杯のおどけた返しだった。例え冗談だったとしても、本気だったとしても一を不快にさせないように。
味わったことのない緊張感を腹の底に感じながら一の表情を伺うと、彼は少し考え込むように手元に視線を落として、紙袋に括られていた華奢なリボンを解き始めた。指が長く、傷一つない綺麗な手は過ぎるほど丁寧にラッピングを解いていく。その様子をただ呆けて見ていることしかできなかった辰臣は、ゆっくり取り出されたその中身に再び思考を停止させた。一の手にちょこんと収まった黒いベルベットの素材が美しい小箱。蓋を開けなくたって中に収まっているであろう物の正体が分かってしまう。
「え、あ、はじめさま…ち、え…?」
無言でその箱さえ開けてしまう一に、辰臣の言葉にすらなっていない呼びかけは聞こえていないようだ。
グレーのクッションの上に鎮座していたのは、シンプルなデザインの二つのリング。キラキラと眩しいストーンこそついていないが、所謂プラチナで作られているそれはどのくらい値段が張るものなのか想像もつかない。
なぜこれを俺に見せる?そしてなぜこの指輪は二つある?
「普段使いでも邪魔にならないようなものを選んだんだ。」
言葉を失っている辰臣に気が付かないのか、一はゆったりとした動きででテーブルの上の辰臣の手を掴んだ。そして彼が持つリングは、そのまま薬指にスルリと嵌っていった。驚くほどにスムーズに、それはもうぴったりと。
なんで俺の指のサイズにジャストフィットしてるんだろう。なんでもう一個の指輪は一様がつけているんだろう。なんで左手の薬指なんだろう。
「もし石があった方がいいなら、今度は一緒に選びに行こう。オミ。」
名前を呼ばれて、条件反射でやっと顔を上げた辰臣が見たものは、少し照れくさそうにはにかむ美しい人だった。
俺の人生における一回目のターニングポイントは、あの日一様に出会ったことだ。そして二回目のターニングポイントがあるとするなら、それは間違いなく今この瞬間だろう。
「これから何があっても、ずっと一緒にいよう。」
彼の傍で、彼を護衛し仕えることが何よりも幸せだと感じていた。この命に代えても一様のお役に立とうと誓っていた。それが一体どうしてこうなってしまったんだ。
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