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第5話 初熱

 今まで、交際相手は全て女性だ…………った、んだけどな。  特に違和感もなく、至って自然に好ましいと思える相手は全て異性だった。結婚願望こそなかったけれど、それは仕事が影響しているんだろうと思っていた。世界中を飛び回る仕事だ。特には何ヶ月もサバンナの中で寝泊まりをすることもある。一年間のうちどのくらい日本にいられるのか、そんな生活をしていればパートナーを率先して見つける気にはなれない。だから、最後に交際していた彼女とも結婚について考えたことはなかった。  仕事、それだけが理由だと思っていた。  最初はそりゃ戸惑ったさ。  女性が恋愛対象だったはずなのに急に。男性モデルに対してまるで女性ファンの如く自分が夢中になるなんて。  けれど実物はそんな戸惑いを乱暴なほど簡単に壊してしまった。 「……マジか、本物のミツナ……」  帰宅して、ミツナの部屋の何分の一だろう小さなワンルームでベッドを背もたれがわりにしながら、信じられない一日を振り返るように目を閉じた。  とても鮮明のミツナの横顔を思い出せる、なんて。  あのミツナを直に見られただけでもすごいのに、話をした。写真を撮った。  それをこれから毎日、三ヶ月の間ずっと、だなんて。 「……はぁ……本物の威力、ハンパないな……」  ミツナを追いかけるようになったからって、別に恋愛対象がガラッと変わって男性になったわけじゃない。最後に交際していた恋人と別れて以降は、処理的に一人でする程度だったし。そもそも性欲が強いほうじゃないんだろうと思っていた。  けれど――。  初めての熱だった。  感じたことのない熱の塊が腹の底で膨らんでいくような感じがした。今まで交際したどの女性にも感じたことのない熱。 「……」  ミツナの手、綺麗だったな。 「……」  あんな声しているんだ。やっぱり海外の血が混ざっているのかもしれない。外国人のよくある低音だった。あれは女性にはたまらないだろう。  ――悠壱、だっけ。 「……っ」  あんな声で耳元で何か囁かれたら、きっと身体は火照ってたまらないだろう。  ――写真撮ってよ。  あんな綺麗な笑みを自分に向けられたら。 「…………」  その時だった。  テーブルの上に置いていたスマホが騒がしい振動音を響かせた。静かな部屋にはけたたましくも思える音に熱っぽい吐息を零しかけた口から心臓が飛び出しそうで慌てて起き上がる。  俺、今、ミツナを思い出しながら、何を……頬が、まるで少女のように熱くなっていく。 「じゃなくてっ! ……はい、もしもし」  急いでスマホを取ると画面にはとりあえずで電話番号だけが表示されている。撮影が終わって、話が俺の思考が追いつくよりも早くトントンと決まっていって、最後、ミツナのマネージャーから電話番号を教えてもらっていたんだ。多分その番号からだ。 『……夜分遅くに失礼します。先ほどはお疲れ様でした』 「あ、いえ……お疲れ様でした」 『今、少しお時間いただけますか?』 「あ、えぇ」  やっぱりマネージャーだ。こんな時間まで仕事の電話なんて大変だな。 『それで、ミツナからの強い要望で今回の仕事を引き受けていただけることになったわけですが、明日、正式な契約書にて契約締結としたいので、事務所に一度寄っていただけますか? 事務所の場所はメールで送らせていただきます。その契約後、ミツナのところには私がお送りしますので』 「あ、はい」  そうか、確かに今の段階ではただの口約束だよな。 『それでは明日』 「あ! あの! 明日、なんですけど、ミツナさんから九時からと指定が……」 『九時、ですか? ……承知しました。では少し早くなってしまうのですが八時にいらしてください。もしご都合が悪ければこちらから佐野さんのご自宅にお迎えにあがります』 「あ、いえ、大丈夫です。伺います」 『それでは、失礼致します』  多分、さっきの仕事依頼はあの時点ではただの口約束でミツナの我儘に合わせただけだったのかもしれない。そこから俺のこと、経歴や素性を調べて、吟味してからこの電話をかけてきている気がした。ミツナが俺を雇いたいと言った時と少しだけマネージャーの声のトーンが違うように感じられたから。流石に事務所の宝を街のスタジオカメラマン程度の人間に任せるようなこと、そう簡単にはしないだろ?  賞を取った、ある程度のレベルのカメラマンだった……っていう経歴を見つけてくれたんだろう。  電話を終えて、またベッドに背中を預けるようにしながら目を閉じた。 「……」  よかった。さっきむくりと起き上がってきた熱はミツナのマネージャーの冷静な声のおかげでどうにか消えてくれていた。 「ミツナ……かぁ」  そして、今朝、起きた時にはこんな一日になるとは思いもしなかったなぁと、目を閉じながら、深く溜め息を一つ、零した。  前日の信じられないことばかりに疲れていたんだろう。あのまま暖房をつけっぱなしで服のままいつの間にかベッドに潜り込んでいたらしい。それでも、まだ興奮が続いてるのか、翌朝、ミツナが所属している事務所へと向かうため、六時に自然と目を覚ました。 「それでは、これで契約締結……ということで」 「宜しくお願いします」 「こちらこそ、ミツナは少し難しいところがあるので大変かと思いますが」 「いえ」  契約の内容には、ミツナのプライベートを一切他言しないこと、ミツナの個人情報が漏れた場合、ミツナの私物等が紛失した場合なんかの対処が織り込まれていた。つまり、よからぬことをしようとしたら借金地獄にしてやるといったところなんだろう。 「それにしてもすごい方だったとは」 「……いえ」 「有名なコンテストで賞を受賞、個展も数回行って……」  やっぱり経歴が効いたんだな。  それがなかったらきっとあの話はうちのタレントの戯言だと思ってくださいと、切られていたと思う。 「それではミツナの自宅マンションにお送りしますね」 「あ、はい」  けれど、このマネージャーに、これを知られたらこの話はなかったことになるだろうな。 「これから三ヶ月間、宜しくお願いしますね」 「……こちらこそ、宜しくお願いします」  もちろんミツナにも。 「何かありましたら、いつでも私にご相談ください」 「……はい。ありがとうございます」  俺がミツナのことをどう思いながらシャッターを切っているかなんて、知られたら、さ。

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