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第8話 休日くらい

 一日中ソワソワしてしまった。  今日も写真を撮ったり、インタビューを受けたり、今度のコマーシャルの打ち合わせだなんだと忙しそうにしていたミツナを少し離れたところで眺めながら。  仕事中のミツナはずっと人に囲まれている。指先一つを動かすだけで、スタッフが駆け寄って、髪一本でも揺れたら、別のスタッフがその髪に櫛を通す。その様子をずっと見つめていた。  頭の中では昨日言われた夕飯を何にするのか考えながら。  ミツナ専属のカメラマン、みたいな扱いの俺がスタジオの端でスマホをいじっていたら、体裁が悪いから、合間合間にトイレに行ったりしつつ、まるで仕事や勉強をサボっているように。人の目を気にしながら。次は何を作るか考えたんだ。 「んま……これ、何?」 「あ、えっと……鶏むね肉のトマトバジルソースソテー……だった」 「なぁ、もしかして調べて作ったの?」 「!」  そう、調べて作ったんだ。夕飯また作ってくれと言われたから、今度は一緒にと誘ってもらえたから、料理を気に入ってもらえたのだろうかと。一生懸命になって。  レシピっていうのを調べて初めて作った。  また、もっと気に入ってもらえるかもしれないと期待をして。 「むね肉ならミツナにもいいと思って。パスタも低GI食品で良いっていうから。炊飯器ないし」  ソテーとサラダとペペロンチーノのパスタ。少し女子好みのランチみたいになってしまったけれど。炊飯器がないっていうのもあったから、こういうワンプレートにした。 「口に合うといいけど」 「合うよ……つうか、低GIとかそんなの気にしなくていいのに」  彼は唇の端を吊り上げて笑うと、そのパスタを箸で口に運んだ。練習も兼ねてるから、箸にしたんだ。そしたら、ナイフもフォークもいらない。 「でも、そんなの関係なく美味いよ」  その褒め言葉に、ほぅ、とひとつ安堵の溜め息が溢れた。  些細なことでも点数稼ぎ……なんて、女々しいけれど。ミツナに会えるチャンスがゼロじゃないかもしれないとスタジオカメラマンに転身したくらいだから、なんだってするさ。  ミツナを撮れるなら。 「ね、これで指合ってる?」 「あ……いや、合ってない。親指は……こう、だから」  あまり触ってしまうのはいけないからと、ちょっとだけ指先に指を添えて、位置をずらしてあげる。少しずつズレてしまっていた指の位置を一本ずつ、正しい場所へとずらして直してあげた。 「ありがと」  ミツナはそんなふうに直された自分のその手元をじっと見つめてから、バジルの入ったトマトソースをたっぷりつけて、チキンをパクりと頬張った。 「な、写真、たくさん撮れた?」 「あ……あぁ、まぁ結構……撮れた、かな」 「ふーん」  実はあんまり今日は撮れてないけれど。その、レシピのことで頭がいっぱいだったから。料理なんて言えない程度の自炊レベルの奴が、彼に食事を作ってあげるなんてことがそもそも無謀だ。 「あの、毎日、忙しそうだけど、ミツナって休みは?」 「あー……言ってなかったっけ?」  言われてはいなかった。というか、ミツナの予定表のようなものを見たことがなかった。まぁ、ミツナのマネージャーにしてみたら俺にぜひともってわけじゃないだろうし。ミツナにしても気まぐれなんだろうから。いつ「もうやってられない」と俺が仕事を断ったとしても「ふーん……」程度だとは思う。 「あ、ちょうど明後日休みだ」 「明後日?」 「そ。別に何もしないからいいんだけどさ」 「……そう」  そうか、明後日は休み、か。 「……あんたも休みにするでしょ?」 「……ぁ」  流石に、完全オフの日くらいカメラのレンズを向けられたくはないだろう。一日中、朝から夜まであんな風にレンズを向けられる毎日っていうのは想像がつかない。けれど見ていると息をするタイミングすら失ってしまいそうな気がしたから。  あの中に一日いたら、喉が渇いてしまう。  休日くらいは。 「はい、そうする予定です」 「……」  ミツナは手元にあったグラスを持ち、少しレモンを絞って入れた水を口にした。喉仏が上下して、長い指先がコトンと僅かな音をさせながらグラスをテーブルに置いた。  ひとつひとつの仕草が人を惹きつける。見てしまう。申し訳ないと思うほど、見つめてしまうんだ。  疲れるだろう?  せっかくの休みなんだ。  せっかくあの眩暈のするようなスポットライトの下から、レンズの矛先から逃れられる大事な休日なのだから。 「そっか」  ゆっくり休ませてあげたい。 「あ、指……」  今、水を飲んだ拍子に戻ってしまった。 「こっち……で、この指はこっち」 「……」 「って、ごめんっ、そんな逐一修正されたくない、よな」 「……別に?」  見つめすぎるから。  俺が、ミツナを。  ほんのわずか、たとえその指先が添えられた場所でさえ、わずかにズレるのを発見してしまえるほど俺が見つめすぎるから。いつもそれ以上の強烈な視線と気配に囲まれ慣れているミツナには男の俺の視線ひとつくらいじゃ少しうるさい程度だろうけれど、それでもない方がいいだろう?  休日くらい。  俺もたまには冷静にならないと、本当に、恋に夢中になる少女のように視線で追いかけてしまうから。  一日くらい。  頭もどこもかしこも冷やしておいた方がいいと思った。

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