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第10話 愚か者
――付き合ってよ。買い物。
そう言われて家を飛び出してきてしまったんだ。
「はぁ、はぁっ」
バカじゃないのか、って思うさ。自分でも。駅前を急いで駆けて、ミツナが待っている電気屋に急いで、エレベーターを駆け上って。何をしてんだって、思うさ。
「あ、来た来た」
「はぁっ、はぁっ」
こんなに息を切らして、大慌てで。
「悠壱」
ミツナに呼び出されて、嬉しそうに。
「炊飯器、一緒に見てよ。俺、こういうのよくわかんなくてさぁ」
家電量販店には似つかわしくない、とても綺麗な男が家庭用家電製品が並ぶフロアに立っていた。店員もちらちらとその際立って目立つ存在感に視線を向けている。平日でよかった。これが土日だったら人だかりができていたかもしれない。サングラスとマスクをしている程度じゃ隠しきれないオーラを放っていた。芸能人のオーラとかじゃなくて、生き物として全く違うんだというオーラ。
「やっぱ高いのが一番いいのかなぁ……なぁ、悠壱はどう思う?」
「あ、えっと……そんなたくさん炊かない、だろうから、もう少し小さいので、いいんじゃないか?」
「ふーん」
せっかくのオフなのに。
本当に一日休まることのない仕事だと思う。控室にいたって、誰かしらモデル仲間や俳優、アイドルが挨拶に来るし、自分も挨拶に行かなければいけないみたいで、休憩になっていない。そんな中、スタッフが用意した弁当をかき込むように食べて、撮影して、次の場所へ向かって。
そんな日々の中の貴重な休日だろうに。
「じゃあ、こんくらい? つか、どうせ俺一人じゃ絶対に使わないから、悠壱が選んでよ」
「……せっかくのオフなのに、俺なんかじゃ」
「え? 何? 聞こえない」
「女性のほうが良かったんじゃないか?」
それは淡く、薄く、仄かな期待が言わせた問い。
「ミツナが飯を作ってよって頼めば、世界中の女性が作ってくれるだろ。しかも、俺みたいなのが作る適当な料理じゃなくて、もっと美味くてバランスの取れたものを」
それは欲しがりで、浅ましくて、いやらしい願いが言わせた問い。
俺に作ってもらいたいんだと、俺がいいんだと、言ってもらいたいなんていう、バカな願いが言わせた。
「だって……」
せっかくの貴重なオフにただの密着カメラマンの俺なんかを呼び出してくれた理由を知りたかったんだ。いや、知りたいんじゃなくて、そうだったらいいなと、そんな言葉を引き出せやしないかと、恥ずかしいほど貪欲な俺の気持ちがこもっていた。
「だって、女じゃウザいこと言いそうじゃん。俺の女にでもなったかのように」
バカ、だろう?
「そういうの、すげぇいらないからさ」
「……」
「それに、悠壱とならどこで買い物してたって盗撮されて、ネット上でゴシップ書き立てられることないし」
ホント。
「なぁ、それより、カメラ持ってこなかったんだ」
「ぇ?」
「密着の仕事」
「……あ……えっと」
「持ってきてると思った」
「今日はオフだったから……」
バカだろう?
オフだったから、流石に完全一日オフの日の撮影を控えたわけじゃない。本当に、ただ忘れたんだ。ミツナに呼ばれて大慌てでここに来たから、カメラは整理の途中のまま今、自分のアパートのテーブルの上に作業途中のまま置いてある。忘れたことに気がついたのは、ここへ来る途中の電車の中だった。
「……そっか」
ミツナの仕事は休まることがない。たとえ休憩中であっても休憩になっていないように、移動中であっても休まることなんてなく、その隙間時間にマネージャーとスケジュールの確認を行うように、オフの日だって貴重な「ミツナ」を撮影できる時間になる、そんな仕事をしている。
それなのに、俺はバカだから忘れてしまった。自分が何のためにミツナの近くにいるのか、いさせてもらえてるのかも忘れて、これが仕事なのも忘れて、ホント、何をしてるんだろうな。
まるで休日を一緒に過ごすかのように、ただただ会いに来ただなんてさ。
ミツナにとにかく会えると急いでたなんて。
「今日はありがと」
「あ……いや」
今夜は冷え込むらしい。家電量販店を出ると都心であっても寒さは厳しく、その冷たい風に肩がキュッと縮こまった。
「配送、すぐ来てくれるっつっても今日とかはまだ炊飯器ねぇし」
「俺が持って帰るのに」
荷物になるからとミツナが自宅へ配送を頼んでいた。買ったのは高機能だけれど小さめの炊飯器。少し邪魔にはなるだろうけれど、手で持って運べないわけじゃない。ミツナに持たせるわけにはいかないけれど、俺が持てばいい。
「やだね。あんなでかい荷物持って店入れないじゃん」
「え?」
「だーかーら、炊飯器ないんだから飯作れないだろ?」
「……」
「晩飯」
バカな俺。
「ラーメン食いたい」
「……」
「米炊けないし、晩飯、ラーメンにしようぜ」
どうかどうか、期待なんて持たないでいて。
そう自分自身に言い聞かせた。
「そんでその時も箸の持ち方注意してよ」
ミツナの仕事が何か。俺の仕事がなんなのか。
忘れないでくれと、自分に言って。
「悠壱先生?」
その綺麗な笑顔を撮れない、カメラを忘れた愚かな俺に、期待も願いもしてはならないと何度も言い聞かせていた。
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