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第12話 心の中

 ―― あんたが寝坊したら、俺も寝坊になるから気をつけて。  そんなこと、言われても……。 「…………」  い、いいんだろうか。本当に? だってミツナの部屋だぞ? そんなものの鍵なんて預かっていいのか? マネージャーに知られたら、大騒ぎになるんじゃないか?  これが、例えば大学時代の知り合いの自宅の鍵とかなら大したことじゃない。学生の時、宅飲みなんかで鍵を預かって買い物行ったり、俺が預けるようなこともあったけれど、それとこれとじゃ全然違う。  そもそも人が違う。  俺が、この鍵のスペアを作ったりしたらどうするんだよ。もちろん安い鍵じゃないからそう簡単には作れないけど。それだってさ。  なんてことをグルグルと考えながら、指定された時間にミツナのマンションに来た、けれど。  いつもならここでインターホンを押すんだ。すぐには出てこない。何度か粘り強く鳴らしていると眠そうな、気だるそうな声が「……はい」と返事をしてそこのガラス窓が開く。  けれど、今日は鍵を使って、自分で開けた。  開けてしまった。  ミツナも人を信用しすぎじゃないか?  俺がどんな人間かも知らないのに、こんな簡単に鍵なんか渡して。  いくら契約をしていて、何かあったら対処できるようになっているからって言ったって。 「……」  俺の心の中まではわからないだろ?  俺が何を考えてるかなんて。  何も知らないのに、鍵を持っているからってこんなに安易に開けたりして。 「……お、はよう……ござ、います」  玄関先でそっと声に出したけれど、朝が苦手なミツナがそんな小さな声で起きるわけないのもわかってる。  だからもう少し大きな声でもう一度呼んでみて、それでも反応がないのを確かめてから寝室へと向かった。 「!」  見つけたのは、息をするのを忘れるくらい綺麗な光景だった。  ベッドは大きな窓のそばに横向きで置かれている。カーテンもあるけれど、ミツナは面倒なのかカーテンをせずに眠るのかもしれない。今まで朝迎えに来た時も寝室の窓のカーテンは開けてあった。  目覚めてすぐに開けているのかと思ってた。  そこに裸で眠っていた。  空調は常に整えられているから寒くはないけれど、真冬にむき出しの肩は見ているこっちさえ風邪を引きそうで。  そして、見てしまった俺は、馬鹿みたいだけれど。 「んー……」  ショックを受けてた。 「……悠壱?」  ここに女性が来たんだなって。  笑えるだろ?  ミツナだぞ? 女性に困ることなんてない。相手をしてもらえるならと、一晩だろうと喜んで女性が寄ってくるんだ。ベッドに招かれて喜ばない女性はいないだろ。 「すまない。俺で」  笑える。少し嫌味っぽくそんなことを言う自分が。 「? なんで」 「いや……だって、裸、だから」  むしろ毎晩一人で寝ている方がすごく不自然なくらいなのに。何を、そんなに。 「いやん」 「!」  ミツナが面白そうに笑って、剥き出しの肩を震わせた。 「ぶはっ、朝からすげー笑った。その起こし方いいわ、スッキリ目覚められる」 「!」 「誰か添い寝でもしてると思った? ちげーよ。これは寝る時着る服がなくてさ、仕方がないからそのまま寝たの」 「…………は?」 「洗濯、めんどくせーじゃん。ハウスキーパーの人にやってもらうんだけど、昨日やったんだ。自分で。もう終わってっかな。洗濯乾燥かけっぱなしで昨日寝たから」  楽しそうに笑って、セットされていない髪を雑にかき上げた。 「はぁ……面白れぇ」  そして起き上がると本当に裸で。  つい見惚れてしまう。細すぎない身体はジムに通っているわけでもないのに、バランスよく筋肉がついていて綺麗だった。身動きする度にその筋肉が僅かに動くのが見える。それすら芸術的に思えて。 「……見る?」 「は?」 「下、履いてるかどうか」 「!」  ミツナがベッドの中でそっと身体をずらして。 「今……」  喉が鳴った。その音をミツナに聞かれていないことを願って。 「悠壱……」 「ちょ、ちょっ、待っ、あっ」  見つめてたらおかしいだろうと慌てて目をギュッと瞑った。視界を塞いで仕舞えば狼狽えることも、その裸体に喉を鳴らしてしまうことを知られることもないって、今更気がついて。 「は、早くっ着替えないとっ、時間が」 「あー……そうだ」 「!」  声が近い。  足音したか? 今。 「今日は九時だっけ?」 「!」  声がすぐそこで聞こえた。そして、何か、頬に触れる気がして、目を――。 「っ!」  心臓が口から飛び出るかと思った。  ミツナの顔がすぐそこにあったから。睫毛の瞬く音すら聞こえてきそうな、そんな近くに。 「!」 「……っぷ、あははははは」  触れたのはミツナの吐息。 「履いてるに決まってんじゃん。なかったのは上だけだよ。全裸で寝るなんて事するわけないだろ」  今、数センチのところにミツナが。 「ぷは……はぁ、楽しかった」  カメラも挟めないようなそんな近くに。 「俺がここに女入れるわけねぇじゃん」 「……え?」 「待ってて、洗濯機見てくる」  そう言って、美しく微笑みながらミツナは洗面所の方へと向かっていった。 「…………はぁ……あぁ……もう」  びっくりした。あんな近くに、上半身裸のミツナがいた。 「あ、ねぇ! 悠壱!」 「!」 「今度から洗濯もしてよ。ハウスキーパーの人にいっつも丸投げっていうのも悪いし、着る物あんま触られたくないんだよね」 「……ぇ、あ」 「っぷは! ジョーダンだって。流石にそこまでしないって。カメラマンのあんたに」  急に戻ってきたミツナにまた揶揄われて、楽しそうに笑われて、頬が熱くなっていく。  カメラマンなのにな。 「……はぁ」  カメラのことなんて忘れて、ミツナの部屋に一人で鍵使って入ることにバカみたいに緊張して、バカみたいに一人でショック受けて、同じ男の裸にこんなに真っ赤になって。  吐き出した自分の吐息の熱さに思わず口元を手の甲で押さえていた。

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