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第16話 嘯いて

 疲れ果てたミツナが眠っている。  時計を見るともう深夜だった。  何度くらい達したんだろう。最後はもう、ミツナの意識が多分飛んでいた。俺もあまり覚えていない。床でセックスしていたはずなのに、ベッドにいる。その記憶がない。  ――はぁっ……はぁっ。  ミツナは俺の中で何度も達してた。相手が女性だったら大変なことになっていたかもしれない。その媚薬を仕込んだ女性とだったりしたら……。 「っ」  起き上がると身体がミシミシと軋んだ。 「……」  ぐっすり寝ている。寝顔は穏やかだ。  熱は…………大丈夫。  見つけた時は驚くほど熱かったけれど、今、触れた額は普通だった。俺と同じくらい。多分、おさまったんだと思う。媚薬の効果はもうない、はず。  背中に爪を立てたりはしないように気をつけた。  うん。  傷はついてない。必死に床に爪を立てて堪えてたから。  モデルのミツナの身体に爪なんて立てられないだろ。  ミツナの痕は俺の身体のそこかしこに残っているけれど。 「!」  シャワーを借りようと身じろぐと、とろりと脚の間に何かが伝った。 「……っ、ぁ」  ミツナのだ。  ――あ、あ、あ、イクっ、あっ、ミツナっ、あ、あ!  俺も何度もイっていた。中でミツナが何度もイッたから。  中に放たれるのを感じるとたまらなくて。 「っ」  こんなにたくさん。 「……ン」  ミツナが俺の中でイったんだ。 「っ、はぁっ」  シャワーの下で恐る恐る自分のそこに指を添えた。触れると少しだけヒリついた。シャワーの湯がほんの少し沁みる。何度も、そこを擦られたから。  ぶるりと震えてしまう。ヒリつく度に、湯が沁みる度にここをミツナに抉じ開けられたんだと感じて。掻き出す度に溢れて零れるとろりとしたそれが太腿を伝う感触に。  ミツナの吐き出した熱に。 「っ……ぅ、ン」  その熱は熱くて、今、浴びているシャワーの湯よりもずっと熱くて。 「は、ぁっ」  ――悠壱っ。  セックスの時はあんな声を出すんだ。  ――ッ。  イク瞬間、あんなふうに息をつめるんだ。  ――は、ぁっ。  あんな顔をするんだ。 「っ……ン、ミツ、ナ」  思い出して身震いした。あんな熱いものを注ぎ込まれた。今、中をおずおずと弄る自分の指よりもずっと太くて熱くて、硬かった。 「ん」  俺は、ミツナとセックスを、したんだ。  仕事は仕事。  大丈夫。  ミツナにとってはただの治療。  あれは行為ではなくて、治療だ。吐き出さないといけなかったから。そこにちょうど危険の少ない相手がいたっていうだけのこと。  相手が俺でよかった。妊娠の心配もないし。だからなだけ。ただそれだけ。 「…………ん」  ミツナはベッドに降り注ぐ日差しが眩しかったのか、俺を昨日何度も捕まえた手で、その日差しを避けるように自分の目元を覆った。  裸で眠るミツナの姿に見惚れてた。  あの時、初めてこの部屋に預かった鍵で入った時も。  俺はこの一瞬一瞬が映画のワンシーンのような様子をしばらく眺めてから、そっと静かにベッドの端に腰を下ろした。 「起きた?」 「……」  寝起き、悪いんだ。ミツナは。  合鍵を預かってからは朝俺が起こしていたから。寝起きの様子も何枚か写真に撮っている。 「ミツナ」 「……んー」  いつもの朝と同じように、俺の声に眉間の皺を寄せながら、まだ眠っていたいと、口をへの字に曲げた。俺が何枚も撮った寝起きの彼と変わらずのそのへの字口にホッとする。いつもの、朝が苦手ないつものミツナだったから。  昨夜の本当に苦しそうな様子は嘘みたいになくて。 「ミツナ……」 「んー…………っ!」  また名前を呼ぶと、今度はパッと起き上がった。そして、急に動いたせいもあって顔を歪めて頭を抱えてる。 「水、持ってくる」 「な、なぁっ! 俺っ」  手首を掴まれると少し痛いんだ。  冬でよかった。  今なら長袖で隠すことができるから。腕を捲れば、痕もうっすらとだけど残っている。床に必死にしがみついて、ミツナの背中に爪を立ててしまわないように堪えていると、逃げたりなんてしないのに、その手が俺の手首を強く掴んだから。 「昨日っ!」 「熱……下がった」 「なぁ! 俺、あんたにっ」  口調もしっかりしている。呂律さえ怪しかったんだ。薬で頭が回ってなかったんだろう。何度も何度も俺の名前を呼んでた。呼びながら突き上げられるのがたまらなくて、身体が勝手に締め付けてしまうほど。  だって、俺の名前を呼ぶってことは、今、自分が抱いてるのが誰なのかってわかってるってことだろう? 女性ではなく、男の、俺だって。そう思うだけで、身体がミツナを締め付けて、体内にいるんだって自覚したがってしまった。 「昨日はその薬のせいで正気じゃなかったから」 「……」  俺も正気じゃなかったんだ。 「だいぶ良くなってよかった」 「……」  今もどうだろう。 「マネージャーを呼んでおく。もう薬も抜けたみたいだから、病院で診てもらって大丈夫だと思うし。何か睡眠薬を飲まされたとか説明しておくから。それで診察してもらった方がいい」 「なぁ! 俺、昨日、あんたにっ」 「薬を抜くのを手伝ったんだ」  俺は、良い人のようなフリをしてる悪い大人だ。  プロフィールは極秘になっているから年齢は訊いていないけれど、それでも俺より年下だろうミツナに、うそぶいて、言いくるめて、行為に及んだ悪い大人。 「今日はゆっくり休んだほうがいい」  あの日、一目見て欲しいと渇望した彼を一晩自分の欲求通りに独占した。 「ミツナが無事でよかった」  悪い悪い、大人だ。

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