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第17話 いつも嘘つき

 ミツナとセックスをした。 「はぁ……」  今頃、ミツナはマネージャーと病院で診てもらっている頃だろうか。部屋を出てからマネージャーに連絡をした。慌ててたっけ。トラブルに巻き込まれたようで、睡眠薬を飲まされたのかもしれないと話したんだ。面識のある女性がストーキングをしていたようだって。マネージャーはそのことにはあまり驚いていなかったな。 「……」  明日は……どうしようか。  いや、どうするも何もないのだけれど。俺はいつもどおりにしているミツナをただ写真に収めるだけなんだから。やることは何も変わらない。  けれど、これから。 「……どうしよう」  自分の部屋でただぼんやりと天井を眺めて、その天井に手をかざした。  手首は薄っすらと赤くなっている。ミツナが俺を掴んだ痕が残っている。  肌にはミツナの唇の痕も残っている。最中、何度も口付けられて、その度に甘ったるい声を出しそうで堪えて、手で自分の口元を押さえていた。いくらミツナが媚薬でおかしくなってるからって、男の喘ぎ声なんて聞いたら萎えるだろ? 「……」  そう考えて、ふと気がついて笑ってしまった。  萎えてしまったら困るから手で口元を押さえて喘ぎ声を殺すってさ。興奮剤を抜くための行為なんだから萎えていいのに。そうするためのセックスなのに。 「あーあ……」  俺にとってのそれはそうじゃなかったから。  もっと長く、もっとたくさんミツナに抱かれていたいなんて願ってしまうセックスだったから。少しでも多くミツナを俺の中で感じていたいなんて思ってしまう行為だったから。だから。 「……何してんだよ……」  だから、あの一度きりなら、もっと味わっておけばよかったなんて考えてしまって、赤くなった手首で目元を隠しながら、自分のバカさ加減に苦笑いが溢れた。  オフの翌日、マネージャーがどうにか調節したんだろう、仕事の量が減っていた。そもそも過密スケジュールだったから休みを取らせた方がいいだろうとなった、と周囲は思っているようだった。 「ミツナさーん、衣装チェンジでーす!」  スタッフに連れられてミツナが別室へと向かった。衣装をそこで着替え、また撮影の続きをするんだ。俺はそのミツナに同行して、数歩後ろを歩いていた。スタッフに笑顔で対応する彼の横顔を何枚か撮りながら。  今朝も俺が鍵を使って部屋に行き、ミツナを起こしたんだ。  いつもどおりに。  普段と変わらないように。  普通に起こして、普通にマネージャーが車で迎えに来るのを待って。  ミツナは動揺していたけれど、俺は何事もなかったかのように振る舞った。だってあれは「行為」じゃなくて「治療」だったんだからって顔をして。 「ミツナさんってジムとか通ってるんですか?」 「通ってないですよ。痩せた方がいいかな。少し太いです?」 「まさか! めっちゃバランス取れた綺麗な身体だから相当メンテされてるんだろうなぁって」 「ありがとうございます」  カシャリとシャッターを切る音がスタッフとミツナの会話に混ざっている。 「あ! いけない! すみません! ネクタイ、これじゃなかったんだ。今、すぐに取ってくるのでここで少しだけ待っていてください」 「はーい」  スタッフはペコリと頭を下げて駆け足で部屋をあとにした。 「……」  無言の中、シャッターの音を一度。  二度。 「…………なぁ、あのさ、この、」 「病院、行った?」  朝はほとんど話さなかった。少しいつもよりも時間ギリギリに起こしたんだ。今までは少しでも話せないかと余裕を持って起こしていたけれど、会話をする暇がないように時間を調節して起こしたから。 「あ、あぁ、行った。マネージャーに連れられて。なんともなかった。大丈夫。けど、しばらく遊ぶのは控えろって事務所から言われた。そんでさ」 「なんともなくてよかった。それから俺のこと、気にしなくていいよ」 「え?」 「今日、表情が硬いから。まぁ、気まずくなるだろうけど、俺も気にしてないし。あれは不慮の事故ってやつだし。気にしないでいいよ。俺はいないものって思ってもらって構わないから」 「な」  そこでちょうど駆け足でスタッフが戻ってきた。だから俺たちの会話はそこで終了。何も知らないスタッフが息を切らしながら明るい声で、別の色のネクタイをミツナの首に巻き付けている。  そして俺も自分の仕事を再開する。  いつもどおりに、普段どおりに。  ミツナを写真に収めていく。  着替えを済ませて、再びスタジオに戻るミツナの後ろ姿を捉えて。 「ミツナさんは入りまーす」  スポットライトの下へと向かう彼を見つめて。  撮影が終わったのはそう遅くない時間だった。  夜遊びは控えた方がいいとマネージャーに言われているミツナはそのマネージャーの車で自宅へ向かった。今まではたまにタクシーでスタジオからミツナが一人で帰ること場合もあったらしいけれど、しばらくは仕事の移動を全てマネージャーが管理すると言っていた。俺もその車の同乗してマンションの前で降ろしてもらい、夕食を作って。 「ミツナ、夕食用意したから」 「…………あんたは、食ってかないの?」  普段どおりに振る舞って。 「あぁ、ごめん。しばらく、ちょっとの間だけだと思うけど、俺を雇ってくれてるスタジオの手伝いをしに。人手が足りてないらしくて」  いつも通りにうそぶいて。 「今日のは自信作だから食べて」  うそならいつもついていたから上手だと思う。 「それじゃあ、お疲れ様」  普段から、熱狂的にミツナを見つめていることを隠して、ただのカメラマンって顔をして接していたから、上手なんだ。 「おやすみなさい」  もう一度、抱いてもらいたい。  なんて、きっと顔には出してない、はず。  内側でどんなことを思っているかを隠して、嘘笑いをするのは、いつものことだから。

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