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第18話 噂話
「すごいよなぁ。大事件だよなぁ」
「まさか、あの子がなぁ」
スタジオの片隅でカメラチェックをしているとそんな会話が聞こえてきた。
昨日のことだ。有名なアイドルが薬関係で捕まった。突然の報道だった。そこからずっとテレビでは、とあるクラブで芸能人相手に出回っているらしい薬の噂話がずっと特集されている。芸能界の黒い交流とか言われて。
可愛い感じの女の子で、そんなものには一切関わり合いなんてなさそうな見た目をしていたから余計に際立っていたんだろう。
「これから俳優業に華麗に転身、なんて言われてたのになぁ」
以前、少しだけミツナとSNS上で噂になったアイドルだった。けれど、あっという間にその噂は消えていった。
タイミングが……絶妙な気がした。
ミツナに媚薬を盛った誰か。そこから数日としないうちにミツナと過去関係があった女性アイドルの逮捕。
一瞬だけ、そう、思った。
けれど、今回の逮捕がミツナの方へ飛び火することはなさそうだった。
「ミツナさん、撮影終了でーす!」
その一声に今噂話に盛り上がっていたスタッフが背筋を伸ばし、口を閉じた。そして、スタジオの雰囲気が一気に変わる。
「佐野さん」
「あ、お疲れ様です」
あまり俺は話しかけられることはない。撮影に携わるカメラマンたちにしてみても、畑違いの俺はどこか近寄り難いところがあるのかもしれない。珍しく声をかけられたと顔を上げると、ミツナのマネージャーだった。驚いた。あまり話したことはなかったから。
「佐野さんこそ、お疲れでしょう? ミツナに密着」
「あ……いえ」
確かにスケジュールにずっと同行しているから休みにしろ拘束される時間にしろミツナと同じようになる。休みも少ないし、朝から晩までずっとあっちこっちに行って、休める暇なんてほとんどない。なんて大変な仕事なんだろうと思う。
「明日は久し振りにオフですのでゆっくりしてください」
「あ、りがとうございます」
あの事件のあと、少しスケジュールを調節したらしいけれど、それでも忙しいことに変わりはなく、ミツナのオフも、あの診察に費やすこととなったオフの日以来の休日だった。
「写真の方は順調ですか? もうそろそろ一ヶ月ですね」
「あ……えぇ、そう、ですね」
「……ミツナはだいぶ貴方に懐いてるようで」
「そうですか? 業界の人間じゃないから気兼ねしないでいいとかなのかもです、ね」
「なるほど……。この間のこと」
静かに、落ち着いた物腰が少し奇妙な感じすらする人だ。
「くれぐれも内密に」
「あ、はい、もちろんです」
「何かあったら、すぐに連絡を」
「あ……えぇ……わかりました」
何かって、俺に? だろうか。そんなわけないか。ミツナに何かあったらって言うことなんだろう。あの日、盛られた薬を抜くために俺が何をしたのかは誰も知らない。知っていたら、マネージャーは俺との契約を即座に切るだろうし。だから内心、見透かされやしないかと胸の辺りがざわついてしまって、つい視線を逸らした。と、ちょうどそこにマネージャーに電話がかってきたようで、慌ただしく俺に会釈をして俺の隣を離れた。助かった、と思いながら、ほぅ、とひとつ深呼吸をして、そして、俺は視線を撮影中のミツナに向ける。
「……」
ミツナとはあの一度きり。
当たり前だ。あれは突発的に起こったことなんだから。次があるわけじゃない。
けれど、あの一度きりの行為から、ずっと奥が。
「っ」
ずっと奥が――。
久しぶりの休日と言っても別に特にやることなんてない。彼女がいればデートだなんだと費やすんだろうけれど、それもない俺はただ家事をこなすくらい。
けれど忙しなく動き回っていた。
「えっと、あとは買い物か」
そうでもしてないと。
「財布とスマホと……」
何かをやっていないまたあの日のミツナを思い出して、一人で……。
「寒……」
買い物をしてこようと外に出ると、ピューッと北風が吹き付けて、その冷たい風にキュッと肩を縮めた。背中を丸めて近所迷惑にならないように静かに階段を駆け降りてスーパーマーケットへ。
「佐野悠壱さん、ですよね?」
向かうところだった。
「カメラマンの」
またしばらくオフの日はないだろうから、食べ物を買い込んでおこうと……思ったんだ。
「大人気モデルのミツナに密着撮影されている」
今、ミツナと一緒に夕食を食べていないから。
作るだけ作って、俺はそそくさと帰って一人で食べているから。
おかげさまで自炊はずいぶん上達した。だから、食材だけ買い込んでおけばあとはどうにでもなるんだ。
「ちょっと、お話しよろしいですか?」
声をかけてきたのは一人の男性だった。
「あの……何か?」
歳は……三十はいっているか、いっていないか、そのくらい。
「いやぁ……実はですね。貴方ならご存知かなぁと思いまして」
視線が強く、見つめられると射抜かれるような感じがした。
「この間、逮捕されたアイドルと交流の深かったミツナさんが、彼女の逮捕直前、怪しいクラブで会っていたって」
少し髪が長く、どう見てもサラリーマンには見えない風貌をしている。
「その辺りのことご存知ないかなぁと思いまして」
俺を見て、ニヤリと笑っていた。
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