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第20話 代用品
男としたことなんてなかった。恋愛対象は女性だった。
けれど、ミツナに出会ってから何かが変わったんだ。そして、どさくさ紛れにしたミツナとのたった一回の行為が忘れられなくて。
一人でしてみた。
でも怖いだろ? そんなところ触ったことがなかったんだ。だから、恐る恐るでしかできなかったせいなのかもしれない。
届かなくて。
ただいたずらに熱を弄ってかき混ぜただけで、余計に疼くだけに終わった。痒いところを引っ掻いたらただ悪戯に刺激を与えただけに終わって、痒みが増してしまったように。熱を持て余すばかりで終わった。
だからなんでも良かったんだ。代用品で構わなかったんだ。ミツナの代わりを誰かにしてもらいたかった。
そのために、ろくに知りもしない男の誘いに乗った。
――ねぇ、何してんの?
そう言って、今から、よく知らない男とセックスしようとしている俺の名前を。
――悠壱。
ミツナが呼んで。俺は心臓が張り裂けそうなほどの羞恥に襲われた。
「あれ、誰?」
ミツナが長い足を放り出すように伸ばし、ベッドの端に手をついて腰を下ろしている。
「なぁ……悠壱」
「……」
「あれ、誰?」
「!」
少し苛立った声が俺に尋ねて、けれど、俺はどう答えようか考えあぐねている。もたつく返答を待てないとミツナ立ち上がり、部屋の扉の前にたったままの俺を捕まえた。
そして、肩を壁に押し付けられた。
「あれ、悠壱の男? おっさんじゃん」
「……違う、そういうのじゃない」
「へぇ、じゃあ、そういう関係でもない男とホテルで部屋取って何すんの? 今から、何しようとしてたの?」
「……」
「ねぇ」
「ミツナのことを嗅ぎ回ってた」
「へぇ」
男はチェックインを済ませ戻ってきたところにミツナを見つけて、目を丸くしていた。口もあけて、間抜けな顔をしていた。顎、外れたんじゃないかってくらい。
そりゃそうだ。自分がターゲットにしている男が突然目の前に現れたんだ。
男はそのまま自分が身バレしたんじゃないかと慌てて、俺に鍵だけ押し付けるように託すと、どうぞどうぞと何か誤魔化しの言い訳をしながら、その場から逃げるように駆け出した。
その後、チェックインの際に記入した名前と住所が正確なものなのかはわからないけれど、ミツナがマネージャに連絡をして、あとはそちらで対処するってことでこの件は終わった。けれど、その部屋の鍵をフロントに返すことなく、ミツナはそのカードキーを持ってエレベーターへ向かって閉まった。
そして、男が取った部屋へ、俺と。
「で?」
ミツナが入ったんだ。
「それでミツナのことを調べているけれど決定的な新情報が得られなかったから俺を突いてきた。でも俺は何も知らないと言った。そしたら今度はあったかどうかもわからないゴシップをばら撒くって言われた」
「で?」
「それで……」
「それでばら撒いて欲しくなかったら、自分に足開って? 俺なんかのために?」
「……なんか、じゃないだろ。大変なことだ」
「そうじゃなくて!」
ミツナが感情のままに声をあげ、俺の肩を鷲掴みにした。
「そんなの嘘に決まってんじゃん。あんた、犯されるとこ写真撮られて、これをばら撒かれたくなかったら、俺のことを探れって、脅されるよ? プラスまたやられて、それをネタにもっと脅されて」
そう言うこともあり得るって思ったよ。
「何してんの? やられてもいいわけ? 犯されるんじゃなくて、乗り気だったとか? ねぇ」
「っ」
肩を掴むミツナの手が力を込めて、その痛みに顔が歪む。
「やられたかった? 俺とも簡単にやったもんな。そんなにやりたいなら俺が斡旋でもしてあげよっか? この業界、案外いるんだぜ? 男OKっていう奴ら」
それもいいかもしれない。ミツナに充てがわれたっていうだけでも、俺にとっては嬉しいことになるのかもしれない。ミツナが見繕ってくれたっていうことに興奮できるかもしれない。そのくらい、俺は少しおかしいんだ。
「そうだよ」
「…………は?」
「抱かれたかったんだ。誰でもいいから」
そう、誰でもいいけれど。誰でも構わずってわけじゃない。ほんの少しでも似ている相手が良かった。
欠片で構わない。ほんの少しでいいんだ。指の形が似ているとか、溜め息のつき方が似ているとか、目元がほんの少しだけ似ているとか、そのくらいでいい。
そのくらいの欠片でも似ていてくれたら、ミツナの代わりにできるくらい。気が狂いそうなくらい、もう一度抱かれたかったから。
「ミツナの代わりになるなら、誰でもいいから」
自分の愚かな口から溢れて零してしまう。愚かな本音が。
「この間、抱いてもらった一回をもう一度味わえるなら」
バカみたいって思うよ。愚かだなってわかってる。あれはミツナにとっては薬を抜くためだけの行為だった。俺がそれを提案したんだ。ミツナにとってはただ手伝ってもらっただけのこと。けれど、その一回をずっと望んでいたから、俺にとってはとても大事な一回だった。
「誰でもいい」
わかってるよ。
そうやって誰かにしてもらったところで、満足なんてできないってわかってる。だって、ミツナじゃないのだから。
「誰でもかまわないから」
それでも、欲しくて欲しくて、たまらなかったんだ。ミツナのことがまた欲しくてたまらなかったから代用品で満足しようと思ったんだろ。
「ミツナの代わりに誰でもいいから抱いて欲しいかったんだ」
「…………何、それ」
「っ」
「っんだよ、それ」
自分の必死さが恥ずかしくて涙が出そうになった。しようのない衝動を抑え切れなくて、すごく困惑していた。どうしようもないんだ。ずっと、あの日から、今目の前にいるこの綺麗な生き物を夢中になって追いかけてたんだ。近くに行けただけで満足できれば良かったのに、近くに行けたら今度はもっとその近くに、誰も入ったことのないエリアに入りたくて、入れたような気がしたら、今度はもっと俺の中にも入ってきて欲しくなって。際限なく欲しいものが次から次に溢れてく自分の貪欲さが恥ずかしくて。
本心を零したと同時に涙が溢れ落ちそうになって。
「あんた、自分が何を言ってんのかわかってる?」
そうだな。わかってる。わかってたけれど、名前をつけないようにして、知らないことにしていたんだ。名前をつけるのは怖かったから。こんな無我夢中になるものに名前をつけてしまったら、認めてしまうことになる。気が狂いそうになるこの気持ちを。
「俺はっ、ミツナのこと、」
「あんたさぁっ」
けれど、自分の胸のにある「これ」を口に出して呼ぶことはできなかった。
「俺がどんな人間かなんて知らないだろ……」
「…………っン」
そう、低く絞り出すように呟くミツナに口を塞がれてしまったから。
壁に強く押し付けられたまま、深く深く、舌を差し込まれて、呼吸ごとミツナに食われてしまったから。
「ン、ん」
そして、遮られたこの気持ちの名前を口にするよりも、俺は、あの晩はしなかったキスに夢中になってしゃぶりついてしまっていたから。
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