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第24話 贅沢者
昔、撮影で野宿したテントの中から見た朝焼けがとても綺麗だったんだ。
地平線なんて見たことがなかった。見慣れている、景色の端にあるのはいつだって四角い形をした建築物で、その隙間を窮屈そうに朝日が登っていく。でもそんな空とは全く違っていて。
息をするのすら忘れそうなほど綺麗だった。
ただ真横に伸びた線の端がほんのりとオレンジ色をした光で縁取られて、そのオレンジ色は空のてっぺん、高いところへと色を変えていく。澄み切った青色はオレンジから変わる直前、紫色をしていて。
なんて、なんて――。
「…………」
綺麗なんだろうと思ったんだ。
「んー……」
不思議な色をした髪色だ。銀? アッシュグレーなんだろうけれど、朝日が当たると少し青みがかかって見える。いや、緑かな。
その不思議な髪は触れるととても柔らかくて心地良かった。前に現地のツアーガイドに促されて、肉食獣の毛並みに触らせてもらったことがあったけれど、それよりもずっと柔らかくて気持ちいい感触だった。
この髪に昨夜、触れた。
きつく奥まで貫かれるとたまらなく心地良くて、しがみつくようにこの頭を抱き抱えた。
肌を齧られると切なくなって、普段、綺麗にセットして整えられている髪を掻き乱してしまった。それでも。
――悠壱、これ好きなんだ?
それでもそう言って笑うミツナはゾクゾクするほど綺麗だった。
どこまでも、どの瞬間までも綺麗な男と昨夜、何度もセックスをした。四度も、俺の中でイっていた。ゴム越しでもわかるくらいドクドクと脈打つ熱に俺は、もっとたくさん、イって――。
「襲わねぇの?」
「!」
「襲われるの待って寝たふりしてたのに」
目を開けると、瞳がとても綺麗だった。色素が少し薄いのは知っていた。SNSとかでは外国人の血が混ざっているんじゃないかって噂されているくらい。もしかしたら、ハリウッドの有名俳優の落とし子なんじゃないかって。たまに横顔がその有名俳優に似ているからと騒がれていた。けれど、プロフィールは極秘扱いだから、真相は誰も知らない。
「くすぐったくて起きちゃった」
普段寝起きの悪いミツナが楽しそうに目を覚まして、裸のままベッドに俺の手を押し付ける。組み敷かれながら、その瞳に見惚れていた。
ほら、朝日がミツナの瞳を照らして、少し透けている。光がその瞳の中で踊って、スッと通り抜けていく。
「……おはよ」
どこもかしこも綺麗だ。
「飽きない?」
「?」
「ずっと俺見てて」
「?」
「俺なんか見てても退屈でしょ? 飽きないのかなーってさ」
「飽きない」
「……」
飽きるどころかいつまでだって。
「どこにでもいる、ただのモデル。顔がいいだけの」
ずっと見つめていられる。美しい獣のように、あの日、見惚れた地平線の彼方まで続く朝焼けの空のように。それは俺には広大すぎて、優美すぎて。ただ見つめているだけでも満足なのに。
贅沢がすぎる、と自覚はしている。
「見飽きない?」
「見飽きない、けど?」
「……」
「変、だろうけど。俺みたいな男にそんなこと言われても、そう嬉しくないだろうけど。なんか説明ができないけど。とにかく綺麗で、手を伸ばしたらいけないような存在で……見ているだけでも充分というか」
「手?」
「!」
今、ベッドに磔にされている。手に手を重ねて。その指先が俺の指を撫でた。ほら、触れているって教えるように。
「ちげーし。あんたみたいにちゃんとした人間にそんなことを言ってもらえるほど、素晴らしいモノじゃないって話」
「そんなことっ、ミツナはっ」
「けど、まーいいや」
ミツナが身体をずらして、のしかかるのをやめ、ベッドの端に腰を下ろした。その途端にホテルの大きな窓からレースカーテンで柔らかくなった朝日がその背中を照らした。白く、そして、綺麗に筋肉がついた、彫刻のような背中。
「見飽きないなら、それで……」
ちゃんとした人間……なわけがないだろ。なし崩しで構わない。とにかくミツナに抱いてもらえて嬉しいなんて。ただの淫乱だ。
「シャワー浴びようっと」
そもそも、俺がどうこうなっていいような相手ではないのに。
「あ、なぁ、悠壱」
「!」
「今日、結構ハードスケジュールだけど、腰、しんどかったら休んでていいよ」
「!」
どうこうなっていいような相手ではないと自覚があるけれど、でも、それでもしがみついて昨日はたくさん。
「それじゃあ、シャワー行ってきまーす」
「……」
「あ! ねぇ!」
「!」
シャワールームに入ったと思った瞬間、そこの扉からひょこっと顔を出すミツナにベッドの中で飛び上がって驚いた。
「それから、夜、晩飯一緒に食ってくれるでしょ?」
「も、もちろん」
「晩飯リクエストしてもいい?」
「もちろん」
「じゃあ、俺、鍋がいい」
昨日は、たくさんした。
「わ、わかった……」
「やった」
無邪気に笑う、しなやかなミツナっていう美しい男に昨日、たくさん、抱いてもらって、俺は、すごくとても嬉しかった。
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