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第27話 プライベート

 初めて、鍵を使って勝手に部屋に上がった時、とても緊張したのを覚えている。あまりに緊張していたから声が裏返ったっけ。  おっかなびっくりだった。  ―― ……お、はよう……ござ、います。  だって、俺が何を考えているのかなんてわからないのに、そんな人間に簡単に鍵を渡してしまうなんてってさ。  何を考えているのか……なんて。  そして、部屋に入って、そっと、一歩一歩、本当に入っていいのだろうかと戸惑いながら歩いて、寝室を開けて。ミツナのプライベートゾーンにほんの少し緊張しながら、すごく興奮もしていた。 「あの、おはよう……」  裸で眠っているミツナに動揺した。笑えるけれど、誰かと夜を共に過ごしたんだと俺はショックを受けたんだ。ミツナなんだぞ? 相手に困るわけがないのに。 「……おはよ」  見つけたのは、ゾクっとするくらい綺麗な光景。  ベッドは大きな窓のそばに横向きで置かれていて、カーテンもあるけれど、面倒なようでカーテンをせずに眠る。まぁ、超高層マンションだから覗かれる心配もないんだろうけれど。  そこに裸で眠っていた。  空調は常に整えられているから寒くはないけれど、真冬にむき出しの肩は見ている方には寒そうなのに、彼は布団の中で乱れた髪をかき上げながら、楽しそうにこっちを見て笑ってた。 「外、寒い?」 「え?」 「あんた、顔真っ赤だから部屋の空調効きすぎなのかなって」 「ぁ……いや、別に……」 「そう? ふわぁ……」  ミツナは起き上がると上半身裸なのに、ちっとも気にせず両手を広げて、大きなあくびをしながら背筋を伸ばした。 「持ってきた?」  そして、こっちを見て、首を傾げながら不敵に笑ってみせる。  ――いやん。  裸で眠っていたから女性と一緒にいたんだろうって思って、目覚めに声をかけたのが俺で申し訳ないって、なんか、勝手にひねくれた俺にミツナがそう言って笑ったんだ。 「服、持ってきた……よ」  あの時は、そんな俺に大笑いをしていた。 「うん」 「とりあえず、何枚か」 「何枚かなんてしないでごっそり持ってくればいいのに」  そんなわけにはいかないだろ。一緒に「暮らす」わけじゃないんだから。 「……どこ置こっか」 「え? 鞄の中でいい……けど」 「はぁ? 面倒じゃん。そっからいちいち出すのなんて。クローゼット、まだ空いてるでしょ? そこに置きなよ」 「わかっ、」  ミツナが指差した先のクローゼットにとりあえず置かせてもらおうとしたけれど、鞄を下げていた肩を掴まれて、服をいくつか入れてきた鞄が足元に落っこちた。  そして、寝起きのミツナの油断していそうな笑顔がすぐ近くに来ていて。 「……ン」  深いキスをされながら、扉にそのまま押し付けられる。 「ン、ん」  扉に押さえつけられた手に指先が絡みついて。ミツナの長い指に絡め取られる快感に、朝から震えて。 「今日からうちにお泊まりだね」 「……っ」  そう告げたミツナの唇がキスで濡れていた。  俺は、そんなミツナに見惚れながら、あの日、初めて合鍵を使った時の自分を思い出す。 「宜しく。悠壱」  女性と夜を共にしたんだと、烏滸がましいことに、落胆した自分を。  本当に女性が相手をした夜だってあるんだろう。  けれど、今、裸のミツナの相手を昨夜したのは女性ではなく、俺なんだ。  そのことに、そして多分今夜も相手をするんだろうって予感にドキドキしていた。俺が今、何を考えてるかなんてわからないミツナと深いキスをしながら、こっそりと、誰にも知られないだろう胸の内で、ドキドキしていた。 「おっはよーございます」  元気にそう挨拶をして、時間どおりにやってきたマネージャーの車の中へ鼻歌混じりで車に乗り込んだ。俺はその後に続いて、小さな声で挨拶をしながら車に乗って、端の席に座る。ミツナはポケットに手を突っ込んで寝そべるようにシートに背中を預けて、にっこりと笑っていた。 「……今朝は一段とご機嫌ですね」 「そ? 今日の撮影、楽しそうだからじゃね?」 「……なるほど」  マネージャーはいつでも同じテンションだ。今日も変わらず冷静沈着。 「そうだ。来週、一件、お仕事が追加です」 「ふーん……」 「事務所のスポンサーの創立記念パーティーがあるので、ミツナも出席しなさいとのことです」 「えー? 俺そういうの苦手って言ったじゃん。テーブルマナーとかうっざいし」 「そうですか? 最近、箸の持ち方も気をつけてらっしゃるし」 「あはは、やっぱめざといなぁ」  ミツナは笑って、ドアの方へと身体を傾け、頬杖をついた。 「まぁいいや。あ、ねぇ、その時、悠壱も一緒でしょ?」 「……えぇ、あ、そして、佐野さん」 「は、はいっ」 「そのパーティーの時なんですが」 「え、えぇ……え? あの、俺もその席に?」 「もちろんです。立席なので気軽に」 「あー……はぁ……」  立席とかそういう問題じゃないんだけどな。ただの、一介のカメラマンがそんな場所にいてもおかしいだろう? スーツとか着るんだろうし。苦手なんだ。そういう場所は。 「来賓の方々は写らないようにお願いします」 「あ、はい、もちろんです」  それなら撮れる枚数だって限りがあるし、俺がそこにいる必要性はあんまり……。 「パーティーだってさ、悠壱」  ミツナはそんな俺の様子さえも楽しむように、道連れだと言わんばかりにニヤリと笑っていた。その子どもみたいな仕草は今まで見たどんなミツナよりも、ミツナだと、思った。

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