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第32話 くすぐったい

「悠壱ってさ、何してんの?」 「…………え?」  突然、何かと思った。 「暇な時」 「あ、えっと……カメラ? かな」  今、食事を終えて、俺は今日撮ったミツナの写真を確認していた。一日撮る量は膨大だ。それを三ヶ月分、後で見て、めぼしいものをピックアップするなんて時間がかかりすぎるから今のうちに使えそうなものをいくつか別フォルダに移したり。 「いっつも?」 「ぇ?」 「フツーの時、いっつもカメラ?」  ミツナはその間、ずっとスマホをいじっていた。ソファの上に丸まるように座って、その様子が少し愛らしくて、ちょっと写真に撮っても構わないかなと今、カメラを撮影モードに切り替えようと思ったんだ。もうこのポーズのはいくつか撮ったけれど、見るたびに、かっこいいミツナのあどけなさが好きで……つい。  レアな気がして。  ライオンや豹、虎が、何かと戯れている時に猫と同じ仕草をする可愛さ、みたいな。 「カメラばーっかいじってんの?」 「あ、いや……」  そんなことはない……んだけど。言えない、だろ? 「なぁ!」  カメラをいじったり、食事をしたり以外の時間、普段は。 「……あー……えっと」  ミツナの追っかけしてた……なんて。ネットを探せばいくらでもミツナの写真や記事、呟きが出てくる。それを眺めてたなんて。 「ミツナは?」 「は?」 「今、何してたんだ? そのスマホで」  ぐいぐいとまるで本物の獣のようにソファーの上を四つん這いで進撃してきたミツナにそんなことは言えないから誤魔化してしまった。逆に質問されたミツナは一瞬、ポカンとして、進撃を止めて。 「これ、ゲームしてた」 「へぇ、ゲームなんてするんだ」 「別に面白くないけど、他に時間潰す方法ないし」 「……」  確かに、退屈そうな顔をしてよくスマホをいじっているところを見たことがあるっけ。 「……それ」 「?」 「俺もやってみたい」 「悠壱もゲーム?」 「だめならいいけど、そういうの全くやらないから」  とてもとても退屈そうで、暇そうで、不思議だった。いつも周りが忙しなく動き回るのその中心でまるで時間が止まっているかのように、ぼんやりとスマホを眺めていたから。 「いいよ。やろうぜ」  ミツナはそう言って、ニヤリと、楽しそうに笑った。 「あんた……へったくそだな」 「わ、悪かったな」 「まだイチレベしかクリアしてないじゃん」 「わ、悪かったなっ!」  用意されたのは飛行機に乗って空を飛びながら次から次に向かってくる飛行機を撃ち落とすだけの簡単なゲーム。 「っぷは! じゃあ、次で二レベクリアしなかったら罰ゲームな」 「はっ? ちょっ」  ヘーキヘーキと鼻歌混じりで楽しそうなミツナが俺を引き寄せて、脚の間に俺を招いた。 「!」 「これなら視野同じになるからやりやすい。俺が先生ね。もしくは教官」 「は? あ、あの、ミツナ、これ」 「ちげー、ミツナ教官、ほら、始まる」 「ちょっ!」  背後から俺を抱き締めるようにしながら、俺が両手で握りしめていたスマホを指さした。すでに開始されたゲームにも、この体勢にも突然付け加えられた罰ゲーム制にも慌てて。 「ほら、右」 「!」 「ちげーし、今度は左、そうそう、オッケー。じゃあ次、真ん中っ」  ミツナの指示にとにかく従って、次から次にやってくる敵機を倒してく。 「うわっ」 「あは、できたじゃんって、そっちそっち」 「え、あっ、ちょっミツナっ、これ」 「ミツナ教官!」  なんだか慌ててしまって右と左を何度か間違えているうちに形勢逆転されてしまった。  油断大敵ってやつだ。 「っぷはは、めぇぇぇっちゃ下手!」 「いや、これは」 「はい、罰ゲームぅ」 「!」  何をするのかと思った。罰ゲーム。ビンタとか、そういうのなら、まぁ。それか何か奢るとか。あとは指示された希望メニューを作るとか? けれど、これは予想してなくて。 「教官の指示には従わないとだろ?」 「ちょ、アハっ、あははははは」  背後からしっかりホールドされてくすぐられるなんて。 「ちょ、ミツ、アハっ、はははははっ無理っ弱いんだって……ミツ、あはっ」 「動くなっつうの。罰ゲーム」 「聞いて、なっ、アハっ」  容赦なくくすぐられて足をばたつかせながらどうにか逃げ出そうともがいて、ソファに倒れた。 「あはははは」 「逃げんな、悠壱っ」  本当に弱いんだ。昔からくすぐられると暴れてしまうくらい。だから、いつかミツナを蹴ってしまいそうで。でもそんな弁明をする暇もなくくすぐられて、本当に息も絶え絶えにもがいてた。  どうにか這いずりながらミツナから逃れようと。 「あは……」  けれど優位なミツナがジタバタ暴れる俺をまた組み敷いて、笑って。 「……は」  楽しそうに笑って。 「……マジで下手くそ」  とても楽しそうで。 「……悠壱」  嬉しそうで。  そっと、ソファについていた手が俺の髪を撫でた。 「……」  その髪に触れるミツナの指にどきりとした。  そして、そのまま静かに近づくミツナが。 「……ん」  そっと俺にキスをした。  今、大騒ぎしていた部屋は急に静かになって、そっと重なるキスの音すらよく聞こえて、今度は胸のところがくすぐったくなった。

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