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第33話 退屈な

 ――悠壱ってさ、何してんの?  そう訊かれたばかりだったっけ。 「…………うーん」  カメラをいじってると答えたばかりだったっけ。 「…………参ったな」  嘘をついてしまったことになる、かな。  ――はぁ? な、明日って、急すぎんだろ! それに明日入ってた仕事はどうすんだ!  それはどうにかしたらしい。今日入ってたのはインタビューがいくつかだったから、その辺りはオンラインでどうにでもなるとマネージャーに言われて、それこそ嫌がっていた。インタビューは大の苦手……っていうのはファンならよく知っている。それにプラスでオンラインっていうのも苦手らしい、というのは実物のミツナに会ってから知ったけれど。  そして、急に入った仕事っていうのは、ハイブランドの夏物の撮影。それに起用されていたモデルが急性盲腸炎とかで仕事が難しくなって、代打でミツナが抜擢された。  かなり大口の仕事だからと、マネージャーは是が非でもそれを獲得した……んだけど。  ――はぁぁ? なんで、悠壱は行かないんだよ!  だって、その元々起用されていたモデルに同行するのはマネージャーが一人だけ。だからもう一人、俺の分の飛行機のチケットがない。  ――嫌だね! 俺が飛行機嫌いなの知ってるだろ!  飛行機が嫌いなのも知らなかったな。途中でぐらぐら揺れるとどうしても気分が悪くなるらしい。それに加えて俺が同行しないのも気に食わないらしくて。最後にはマネージャーが居残ればいいって子どもみたいな駄々を捏ねていた。けれどマネージャーにしてみたらいつものことなんだろう。最近のミツナは素直だったから手こずることがなかったけれど、前はしょっちゅうこんなだったからって。  確かに最初の出会いはそんなだった。ミツナを撮るはずのカメラマンが気に入らないと言って、俺を引っ張り込んだんだ。  ――明日の朝一には帰ってきますから。  だから、そんな駄々を捏ねるミツナににっこりと微笑んで、ほぼ強制的に飛行機に乗せてしまった。ビジネスクラスだから飛行機苦手なミツナでも大丈夫って優しい口調で言ってたっけ。  むしろその鉄仮面が少し怖かったけれど。 「…………」  そんなわけで、今日と、明日の朝までか……自由になってしまった。  そして自由になってしまったことで、さっきの「参ったな」に独り言に繋がる。  だって、やることがない。  ハウスキーパーを雇っているような部屋だ。掃除をする必要もないし。食事の支度って言ったって、一人じゃ味気ないから。  そして手持ち無沙汰になってしまった。  時計を見るとまだ昼前だ。  今朝早くに出たから。  もう向こうには到着した頃かな。すぐに撮影に入るって言ってたから。それで夕方まで丸一日撮影。元々撮影をするはずだったモデルさんは誰なのか知らないけれど、一晩そこでゆっくりしたかったのか宿も手配してあったらしい。今日はそこに泊まるって言ってた。それで朝早めの便で帰ってくるって。  ――ね、部屋にいてよ。  そう、言われたんだ。  ――俺のとこにいてよ。  そう言われてるから、ここにいる。 「……」  そして、なんとなくぼんやりとしてしまう。オフの日はちゃんとあったけれど、その時もミツナは一緒にいたから、本当に一人の休日っていうのは久しぶりなんだ。この依頼を受けてからは、初めて。  ――ねぇ、悠壱、映画観よーぜ。これ。  前は、この依頼の前は、休日は何してたっけ。  ――はぁ? あんた怖くねぇの?  一人で何してたっけ。  ――全然って……あんた、マジか。  こんな感じだったっけ。  ――いや、別に俺も怖くねーし……だから、怖くね、うわぁぁぁ!  こんなに……。  ――マジで! あんたなぁ! マジでムカついた!  こんなに退屈で。  ――ムカついたから、仕返しな。  こんなに寂しかったっけ。 「…………参った、なぁ」  部屋はとても静かで、ミツナが、主がいない部屋の中は空気までも退屈そうで、俺はカメラをいじることもなんとなくしてなくて。 「あ、そうだ。洗濯、しておこうかな」  ミツナがハウスキーパーの人にそこまではさせられないって言ってた。いつも洗濯乾燥をいっぺんに済ませてるって。  ふと立ち上がり洗面所へ向かった。  そしたら、そうたくさん洗うものがあるわけじゃなくて、大容量の多機能洗濯機も少し物足りなそうにしている。 「よし、シーツも洗おう。それから枕カバーに……マットとかは……別にした方がいいか。あ、あとラグとか?」  独り言を呟きながら多機能洗濯機が満足してくれそうなだけ洗い物を突っ込んで。スイッチを押す。  いつもはそのまま乾燥機で乾かしてるけど。 「……天気いいな」  今日は外にも干せそうだ。こんな高級マンションじゃ外に干すのなんてナンセンスなのかな。でも、結構気持ち良くて好きなんだ。あの天日干しのパリッとした感じ。だから、外に干してみようか。  そう考えて、かすかな音を立てて仕事をしている真っ最中の洗濯機を離れ、窓の外を見上げた。  真っ青な、雲ひとつない、冬らしい青空が広がっている。  ここを飛んで、今日は俺の知らない場所でミツナは仕事をしているんだなぁと、なんとなくぼんやりとその空を眺めていた。

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