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第34話 留守番
のんびりとした一日だった。
とりあえず、することも特にないから、目に入ったもの全てを洗濯して、それから、掃除はいつだって綺麗にしてあるけれど、自分でも掃除をしてみたりして、それでも時間があるからカメラをいじって、撮り溜めたミツナの写真を眺めて。
今頃、撮影の真っ最中なのだろうかと、彼を思い出してみたり。
彼を思い出すと、声が聞きたくなってみたり。
食事は適当に済ませてしまった。適当に腹が空いたタイミングであのいつものスーパーで惣菜弁当を買えばいいやって。
ミツナはまだ撮影中、かな。今日一日撮影って言ってたけれど。帰りは明日の朝だから、仕事仲間のスタッフ達とレストランとかで食べてるかもしれないな。
そして、また声が聴きたくなった。
あっけらかんとして、楽しそうなミツナの無邪気な声を――。
『おかけになった電話は……』
電源、切ってる……のか。
まぁ……そうかもな。撮影中に電話なんて出られないだろうし、仕事関係の電話は全てマネージャーに行くようになってるわけだから。邪魔、だよな。
「……ふぅ」
一つ、溜め息をついた。
一人って、こんなに手持ち無沙汰だったっけって思いながら。
「あ、そうだ……洗濯物、しまわないと」
独り言ってこんなに響くんだっけって思いながら。
「さむ……」
外はやたらと寒かった。せっかく天日干しにしたのに、外の空気が夜のものに変わってしまって、パリパリに乾いていたはずの洗濯物たちが寒そうに凍えてしまった。
「さて……と」
これを畳んだら、夕食を買いに行こうかな。でも、寒かったな。外、出るの億劫だ。何か冷蔵庫に残ってなかったっけ。今日はあり合わせのもので適当に済ませてしまおうかな。一人分だし。
そんなことを考えて、でもそれに誰かが頷くわけでもなく、ひとりで。
スタジオカメラマンになってからはずっと一人暮らしだったのに、なんでこんなに……。
「ミツナのだ……」
いつもミツナが着ていたルームウエアだ。柔らかくて、彼の筋肉のラインがよく見えるんだ。背中から腰にかけての姿勢の良さとか、それから引き締まった身体のしなやかさとか。それがとても綺麗でよく見惚れてしまう。
「……」
ミツナの背中、腕、腹筋。
「……」
その服を抱えて、鼻先を埋めた。
洗剤の匂い。
全部、洗ってしまった。シーツも服も。全部、彼の匂いがしなくなってる。ミツナの……。
「……っ」
匂いがしたらいいのに。
なんて、少しダメ、だろ。
なんか、そういうのって。
「ん……」
でも、留守番ってこんなに退屈で長いものだったかな。
交際していた女性はフライトアテンダントだったから、こんなの何度もあったけれど、こんなだったっけ。こんなに。
「ン、ミツナ」
恋しくなったっけ。
「ン、ぁ……っ」
前に一度、たまらなくて、自分でしてみようと思ったことがあった。彼の匂いを思い出して、彼の指先を真似て。でも、その時はまだ怖くて、戸惑って、大したことはできず、欲求が悪戯にたまるばかりだった。今は……。
――悠壱、ここ、好きだよね?
「あぁっ」
――抓られるのと、噛まれるの、どっちが好き?
「どっち、もぉ……」
自分の指で乳首をキュッと摘みながら、もう片方の手で口元にミツナの服を押し当てた。彼の肌に触れる柔らかい布に口付けて、耳奥に残ってる彼の声を思い出す。
――欲張り。
クスッと笑って、見せつけるようにミツナが乳首に歯を当てる。
「あっ!」
代わりに自分の爪で強く乳首の先端を引っ掻いた。
――中は?
「ン、んんっ」
触られたい。
――こっちより?
「ンあっ……ぁっ」
中、触って欲しい。
「はぁっ……あっ……ン」
指で中を解して。ローションで濡らした中をもっと柔らかくなるように。
「あぁぁっ!」
二本の指で、ミツナに教えてもらったいいところを擦られたい。そこにたまらなく気持ちいいところがあるから、そこを指で。
「く……ぅ、ンん、ンっ……ふっ」
――悠壱の中、すごいよ?
「あ、あ、あ」
――やらしい。
だって欲しくてたまらない。毎日抱かれて、身体は作り替えられてる。戸惑うことなく自分の指を挿れて、はしたなく喘ぐくらい。もう。
「あ、ミツナっ」
声が甘ったるい。身体が切ない。だってここにミツナはいなくて、たまらない。
「あっ」
もう少し後でなら、夜、いつもミツナがベッドに入る時間帯だったら、電話をしても構わないだろうか。その頃になら電源も入ってるかもしれない。でも、電話をして、彼の部屋に人の気配があったら。
「あぁぁっ」
嫌だと思った。
――悠壱?
誰にも夜の相手をさせないで欲しい
ここに来て、俺をかまって欲しい。ミツナのが。
「あ、あ、ン……もっと」
ミツナが欲しい。
「もっと、ミツナっ」
「そんなに俺のことが欲しいの?」
「!」
心臓が止まった。
「え? あの……」
ミツナ?
本物の?
なんで?
だって、帰りは明日の。
「ぶっ飛んで帰ってきた。エコノミーだったら席一つくらい確保できるだろって」
な……んで。
「そんで帰ってきたら、悠壱がひとりですげぇ楽しそうなことしてた」
「……ぁ」
「俺の服?」
一瞬で頬が燃えるかと思った。見られた痴態に、見られてしまった、はしたない姿に。
「続き……見せてよ」
「あっ!」
ミツナの指が濡れた孔にクプリと入って、その冷たさに驚く間もなく、出ていってしまう。
「悠壱が俺をおかずにひとりでしてるとこ、見せて?」
その指先の冷たさに中がきゅんっと熱を増す。さっき洗濯物を取り込んだ時にやたらと寒かった外から帰ってきたばかりの指の冷たさに。
「あっ……ミツナ……ぁ」
夜の相手を他の誰にもさせずに帰ってきてくれたことに。
「見て……あっ」
ただ胸が高鳴って仕方なかった。
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