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第37話 ピクニック

 なんか……なんか、すごいとこを……見られた……んじゃない、のか。  自慰……って言っても、その普通の男性がするようなのじゃなくて、その後ろをいじったりなんか……して。  しかも、ミツナの服を……。 「ねー、悠壱、腹減ってない?」 「え?」 「…………何してんの?」 「あ! いや……えっと」 「?」  ベッドの上、ひとり布団の中に丸まって、今さっき、少し頭がおかしくなってしまっていた自分を振り返っていた。いや、振り返ってしまった、かな。その、ちょっと夢中すぎて、自我があれで。ほんの少し前の自分なら到底できなかった。まず、ひとりで、その、するということでさえ怖気付いてたくらいだったから。それなのにそれをミツナの前でするなんて。  そこまで考えては慌てて、隠れる場所も入れる穴もないミツナのベッドの上でひとりで恥ずかしさに身悶えていた。 「避難訓練?」 「違っ」 「っぷは、冗談に決まってんじゃん。はい。水」 「!」  布団から顔を出したら、恥ずかしさで真っ赤になっていた頬に冷たいペットボトルが触れた。 「あ、りがと」  上半身裸のミツナがキッチンからミネラルウオーターのペットボトルを持ってきてくれた。 「悠壱、声掠れちゃってんじゃん」 「あっ……」 「気持ち良かった?」  ベッドの端に腰を下ろして、水を一口飲んでから、その手で頬を撫でてくれる。そっとその手に頬を預けてから、コクンと頷くと、微笑んで、またペットボトルの水を。 「……ン」  今度は口に含んで、そのままキスをくれた。 「俺は、すげぇ気持ち良かった」  今度は水なしで、柔らかく触れるだけのキスをしてくれる。 「……ぁ」  すごく恥ずかしいし、なんてところを、って自分自身のテンションがおかしかったことに引くというか、どうにかしてでも揉み消してしまいたかったのに。  たった一言。  ミツナが気持ち良かったと笑ってくれるだけで、消したくない夜になる。むしろ、帰ってきたことと、あの俺を見てひどく興奮してくれたことに、嬉しささえ感じて。 「ね。洗濯してくれたんだ」 「あ、あぁ……やることなくて」 「全部洗ってくれたんだね。ありがと。悠壱が汚しちゃったからカットソーだけもう一回洗わないとだけど」 「! そ、それは」 「ぷはっ」  握り締めていたから。皺くちゃだし、汚してしまって。申し訳ないと謝ろうと思ったところで、またキスをもらった。今度は「ごめん」と言いかけた唇ごと食べるように衝突に似たキス。 「ね、気持ち良かった?」 「あ……」  うん、と、頷くと。  静かに、声はなく、でも嬉しさが溢れるくらいの笑顔を向けられた。 「腹減ってる?」 「え、何か、作」 「んー、俺、適当に食っちゃったんだ。悠壱が作ってくれたもの以外とか、別にどれ食ったって美味いのかどうかなんて大差ないし。」 「……ぇ?」 「いっつもさ、作ってもらうじゃん? だから、お礼にっつうか。買ってきた。空港のとこで売ってた、ご当地駅弁? みたいなやつ。食う?」 「あ……うん」  待ってて、と、俺の頬にキスをして、上半身裸のまま寝室を出ていった。戻ってきたのは数分後、レンジで温めてくれたんだ。あったかいお弁当を一つ持って戻ってきてくれた。 「召し上がれ」 「え? ここで?」 「だって、悠壱、立てないじゃん」 「あ……そうだけど……じゃあ、いただきます……」  受け取った弁当が温かくて、今日一日適当に食事を済ませていたこともあって急のその温かさに腹が減りだした。 「あ……うま……」 「そ? よかった」  わざわざ買ってきてくれたんだ。ひとつ、空港で、俺のために。 「すごく美味しい」  どうしよう。すごく、嬉しい。 「撮影、どうだった?」 「んー、まぁ、代打だけど、マネージャー的にはすごくよかったみたいだよ」 「そっか」 「悠壱はどうだった?」 「え? あ……退屈、だった」 「寂しかった? 俺がいなくて」 「!」  この部屋はひとりでは少し広かった。高層階だから街の雑音も届かなくて、静かで。寂しいとはまた、少し違ってる。なんというか。 「そ、れは……」 「寂しかった? 俺の服、使っちゃうくらい」 「! あ、あれはっ」 「ねぇ……」  上半身裸のままのミツナの声色が変わる。甘く、色気が混じりだして。そんなふうにされたら、奥が、ほら……。 「悠壱……」 「ぁ」  ――ぐぅぅぅぅ、きゅるぅぅぅぅ。 「「!」」  二人で目を丸くした。 「「っぷは! あははは」」  笑ったのは二人一緒だった。  鳴ったのは俺のじゃなくて、ミツナの腹の虫。 「ミツナもお腹が……」 「ちげーよ! これは、悠壱が美味そうに食うから、それで」 「一緒に食べよう」 「だから! これは!」 「はい」  反論しようとする口におにぎりを放り込んであげると、拗ねた顔をしてる。それが可愛くて、笑うと、頬が赤くなっていた。 「悠壱のためにって買ってきたんじゃん」  拗ねると子どもみたいだった。 「いや、あんなに盛大に腹の虫に騒がれたら……」  そこでわざと困った顔をして見せると、ムキになってくれた。こんなに他愛のない会話がくすぐったくて、楽しくて。 「だーかーら! まぁ、腹減ったけどさ……けど、すごいね」 「?」 「あんたと食べると、別に美味いとも不味いとも思わなかった食事も美味くなる」 「……」 「ね、その唐揚げ食いたい」 「え? これ? もう夜遅い、けど」 「は? 俺、そういうの気にしないモデルなんですけど?」 「なにそれ」 「いーじゃん、唐揚げ!」 「はいはい」  他愛のない会話が楽しくて。 「うまっ!」  まるで二人でピクニックでもしているような夜だった。

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