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第39話 問い

「…………ウソ、だろ」  コンビニのATMでそんなことを呟いたら、もう一台並んでいるATMを使っていた誰かが衝立の向こうでビクンッと反応していた。こんな場所でこんな夜遅くにそんなことを呟かれたら、どうしたんだろうと気になるんだろう。  でも、別に詐欺にあったわけでも、貯金がすっからかんになったわけでもない。むしろその逆だ。  撮影終わり、帰りの車の中でマネージャーに初給料が入っているはずと言われて、コンビニで金額確認ついでにおろそうと思ったんだ。明細もその時もらったけれど特に確認せずにいた。  正直、金額には拘っていなかったから。  本来はあってはならないことだけれど、あんまり契約のところを熟読していなかった。特に金銭の部分。ミツナに関わる注意事項はしっかり読んだけれど、それ以外は別に。  ミツナを撮ることができるのなら、全然無給でだって構わなかったから。だから――。 「え? 別に妥当なんじゃん?」  ミツナのマンションに戻りこの金額であっているのかと確認してもらおうと思っていた。  けれど、ソファに寝そべりながら退屈そうにスマホをいじっていたミツナはその明細を見て驚くこともなく「ふーん」という顔で。 「って言うか、もっと多くてもいいんじゃね? ほら、悠壱に撮ってもらったあの日、俺を本当は撮るはずだったカメラマンいたでしょ?」  確か国内で人気のロックバンドのジャケットも撮影するような有名カメラマン、だったはず。  そのカメラマンは俺の今回もらった給料の倍以上はもらっていると言われて、まぁ多少は驚くけれど。でもそれはそれで、当たり前なんだろうってくらいで。なんというか、世界が違うと。 「よかったじゃん。たくさんもらえて」 「いや、でも、まだ写真のできを見て貰ってもいないのに」 「あ、確かに」 「だろ? だから」 「じゃあ、見せてよ」 「……え?」 「俺が確認すればいいじゃん」  そう言いながら、にっこりと微笑みミツナが写真を催促するように手を差し出した。  とにかく肌身離さずずっとカメラは持ち続けていた.撮影中のミツナが見せる表情、スタッフと話をしている時の表情、一人でコーヒーを飲んでいる時、歩いている時、眠そうにしている時、どれも雑誌の中にいるミツナとは違っている。スイッチの入っていないミツナで、ファンには初めて見る彼のオフの時の表情だ。それと邪魔にならないタイミングで撮った、撮影中のミツナ。スイッチが入っている時の彼。  その数でいったらものすごい量になる。普通にスタジオで結婚式だ、七五三だと写真を撮る時だってかなりたくさん撮るのだけれど、これはその比じゃない。  ミツナも最初、カメラとパソコンを繋げて、ババっと表示された膨大な写真に目を丸くしていた。  撮りすぎじゃね?  なんて笑っていた。  そして、俺を膝の間に招いて、背後から抱き抱えるようにしながら、パソコンで一ヶ月半撮り溜めた写真たちを俺と同じ目線で眺めている。俺の肩に顎を乗せて、俺の腹部の辺りに手を回しながら。  それはまるで恋――。 「へぇ……俺、こんな顔してんだ……」  ミツナが小さく呟いたのがうなじに触れる。  声がとても穏やかだ。最初、その口調のせいか硬い印象の声だった。けれど時間が経つにつれて、笑ったりもする素の彼が見えて。そしたら声も印象が変わった。この数えきれないほどの写真にはそんなミツナがたくさん映っている。  今、彼はどんな顔をしてこの写真に写る自分を眺めているんだろう。背後にいるせいでその表情が見えなくて。 「あは。見てこれ」 「?」  振り向いて見てみようと思ったら、ミツナの手がスッと伸びてきて、パソコンの画面を指差した。 「これ、すげぇ、間抜けな顔」 「そんなことない」 「……何してる時だろ」 「これは……スタッフが違う小道具を持ってきて、慌てて違う物を取りに戻ってたんだ。ミツナは待ちぼうけを食らってた」 「でこ、全開じゃん」  少し長い前髪を横に流したかったんだろう。スタッフが取りに戻っている間、その髪の流れを修正したいのかピンで前髪を留めていた。 「かっこいいよ」 「……ありがと。あんた気に入ってるよね。俺が前髪ないの」 「え?」 「セックスん時、髪かき上げると中が反応する」 「!」 「あれ、気持ちいいよ」  あんまり見かけないんだ。服に合わせて髪型もそれぞれセットが違うけれど、前髪をあげているスタイルはあまりないから、見つけると思わずシャッターを押してしまう。  とても珍しくて。 「ねぇ」  ドキドキしてしまう。 「今日、してもいい?」  そんなふうに問われたのは初めてだった。 「したい」  普段はそういう流れに自然となっていく。 「ね」 「ぁ……」  ねだるように首筋にキスをされた。  首筋、弱いんだ。唇特有の柔らかさがそこに触れると、腹の奥、下のところがジンと熱っぽく疼くようになる。ミツナとするようになって覚えた熱だ。 「悠壱」  問われる。それは他の誰でもなく、流れでそうなったとかでもなく。今、俺を抱きたいと思ったって、その言葉が気持ちを目に見えないけれど聞こえる形にしてくれた気がして。 「ぅ、ん」  頷くだけでゾクゾクした。 「……ン」  振り返るとミツナが前髪をかき上げて、一ヶ月切っていないから邪魔と微かに笑いながら、舌を絡める深いキスをくれる。 「ぁっ」  そして、服の中に潜り込んできた手に肌をまさぐられて、腹の奥がもっと熱っぽく潤んだのを感じた。

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