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第45話 思い出

 朝起きるとミツナの寝顔がある。 「!」  という、事実にいまだに慣れることができていない。もう二ヶ月、いや、同じ布団で眠るようになってからなら二ヶ月も経っていないけれど、それでもそろそろ慣れてきてもいい頃なのに。  布団の中に潜り込むように眠るのが好きらしくて、口元は見えないけれど、その分、体を丸めているからか、普段なら見ることのあまりない上から見下ろすような角度でミツナの顔を眺められる。 「造形美」っていう言葉がよく似合う、計算しつくされたような寝顔はいくらでも眺めていられると本当に思えるんだ。  その伏せた瞳を開けてしまわないようにそっと抜け出した。  今日は午後からの打ち合わせだけって言ってたから、まだ寝かせてあげたい。  昨夜は寝るのが遅かったから――。 「……」  ベッドから抜け出すと冬の朝に裸は暖房設備が整っているとしても流石に寒くて、身震いしながら服を拾った。  ほぼ……毎晩……してる。  この間からまた面白さが増したのかもしれない。  男の俺がミツナの手で抱かれる身体に変わるのが、楽しいのかなって。  そうでなければこんなに何度も男の硬い身体なんて欲しくならないだろ。  それか……もしかしたら……なんてことはないか。まさか。  考えて、ふと、苦笑いをこぼして、コーヒーでも淹れようと思ったんだ。馬鹿げた勘違いをしそうな寝ぼけた自分を起こそうと。  その時、インターホンを鳴らされた。  その音にミツナが起きてしまいそうで慌てて、つい、通話を押してしまったんだ。  見ると鞄を手に持っている……女性だ。  インターホンを押したら、画面にその人物が映るようになっている。  知らない顔だ。ハウスキーパーをしてくれている方はもう少し年配の女性だから。 「!」  なんて、じっと眺めてる場合じゃない。通話ボタン押したんだから。 「は、はい」 『すみません。排水溝の清掃です』 「え? あ……」 『全戸回っているのですが、こちらのお部屋は……午前というスケジュールでして……もしもご都合悪ければ、午後にも』 「あ、いや……大丈夫で、す」  怪しいやつ……じゃないよな。うちのマンションでも年に一回やってもらってるから。多分、強盗とかそういうのじゃない、と思う。詐欺とか。 「失礼します」 「あ、はい……」 「排水溝の状況から確認させていただきます」 「はい……」  とりあえず、ついていた方がいいだろう。おかしな行動をしないように。 「洗面台はどちらに……」 「あ、こっち、です」  彼女は小さく頭を下げて、洗面台に行き、排水溝の状況チェックと清掃をテキパキと手際良く進めていく。  チェック項目と部屋番号が紙をバインダーに挟み、それを洗面台の上に置いた。 「……」  変なタイミングで、変なことを思い出してしまった。  ここで。  ―― ここにも付けたよ。 「排水溝は問題ないようです」 「あ、はい」  ―― 鏡じゃ見えないでしょ? 脚大きく開いてバックでねだってくれた時にくっつけたよ。  ここで、ついこの間セックスをしたことを。 「清掃しますね」  ―― フルヌードで自分のやらしい身体観察してたの?  この鏡の前で、この洗面台に手をついて。  ―― 悠壱の中、あっつ……すげ。  ここで激しく後ろから貫かれて達したんだ。 「それでは次にお風呂場を……」 「! は、はい、えっと……どうぞ」 「失礼します」  風呂場でしたことだってあって。  変なタイミングで思い出すなよ。そんなの。 「それでは以上で作業の方は終了しましたので……こちらにチェックだけ入れていただけますか?」 「あ、はい」  昨日はここではしなかったけれど。でも昨日も俺は抱かれていて。この身体はミツナに朝方まで抱かれた身体で。 「作業立ち会い、ありが……」  それまで淡々と業務をこなしていた彼女が一礼をして顔を上げた瞬間、目を丸くした。俺はどうしたんだろうと。 「ゴクローサマ」  いつの間にか背後にミツナが立っていた。口の端を釣り上げて笑いながら、隙だらけの寝ぼけた顔で。突然登場した大人気モデルに作業員の彼女は頬を染めて、扉がゆっくりと閉まって……。ミツナは俺の背後から手を伸ばすとその扉のハンドルを引き、素早くドアを閉じた。 「誰と話してんのかと思った」 「ミツナ!」 「なんだ、こういうのってほったらかしにしとくもんかと思ってた」 「なんっ、出てきたら」 「大丈夫でしょ。男同士なんだから、今の人がSNSとかで騒いだって、ゴシップ記事にはならないよ」  男同士、大人気モデルミツナが友人を部屋に招いてた、なんて何も記事になる面白そうなところはない、かもしれないけれど。 「あー、でも、どうだろ」 「?」  今、彼女が出て行った玄関扉に押しつけられる。もしかしたら、まだ扉の向こうで突然現れたミツナをみれた喜びを噛み締めてるかもしれないのに。 「そんな真っ赤になってたら、疑われちゃうかもね」  もしかしたら、扉の向こうで急いで友人に今起きた信じられない出来事を呟いているかもしれないのに。 「なんか、すげぇ……やらしい顔してるから」 「!」 「ね、今日って、仕事、まだだよね」  そう微笑まれて、首筋に噛みつかれて、俺は甘い声をこぼしそうになるのを一生懸命堪えながら。 「聞かせてあげればいいのに……まだ扉の向こうにいるかもよ?」  また一箇所、何も知らない人にはわからないけれど、した場所が増えたって。この部屋でミツナに抱かれた場所が増えたって、そう思いながら、興奮している指先でミツナを引き寄せた。

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