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第46話 宝探し
なんとなく今日も不機嫌なようだった。
いや、不機嫌とはまた違うのかな。なんとなく落ち着かない様子だった。撮影が夜景を背景にしたものらしく、今日の仕事は夜からなのに、朝、いつもと変わらない時間に起きたし、その後もどこかいつもと違っていた。
夜の撮影だから?
それとも屋外だから?
屋外だと否応なしに目立つから。撮影していれば誰だって「なんだろう?」と覗き込むし、覗き込んだ先にミツナがいれば大騒ぎになる。それが嫌でナーバスに……そう、ナーバス、そんな感じがした。
そう思って様子を伺っていたんだけど。
「ねぇ、掃除の仕方、教えてよ」
ミツナはいつも突然だ。
結婚式場で声をかけてきた時もそう、この三ヶ月間の密着の仕事を話した時もそう。
いつもとても唐突で、俺はその度に目を丸くして翻弄されてしまう。
「え?」
「掃除」
「そうじ?」
「そうだよ! ハウスキーパーの人、やめてもらったから」
「…………え?」
本当に唐突なんだ。
「だーかーら、掃除してくれる人断ったんだよ。自分で掃除したらダメ?」
「いや、いいけど」
ダメじゃないだろ。というか、むしろそんなふうに自宅の掃除を誰かにやってもらう人の方が少ないと思うけれど。
「やめてもらったって……」
「自分で掃除したかったから」
不思議なことを言う。自分で掃除をしたくなかったから雇っていたんだろうに。それに多忙だから、掃除をする時間だって休息に当てたかったんじゃないのか?
「それにあんま他人をここに入れたくねぇし」
でも、そしたら俺もアウトじゃないか。他人、だ。
「あんたはいいの」
「……」
俺はいい……のか? 理由は? なんて。
「とにかく! 掃除なんてロクにしたことがないから……教えてよ」
それで不機嫌な顔をしていたのだろうか。
不貞腐れたような顔で、朝からちゃんと起きて、落ち着かない様子で朝食を済ませていただんだろうか。
「いいよ。掃除」
「!」
朝からの彼の様子を思い出す。
俺は起きていた。昨日撮ったミツナの写真を整理して、それからコーヒーを一杯飲んでいたらミツナが起きてきて驚いたんだ。今日の撮影は夜からだぞ? って。少なくともお昼くらいまでは寝ていられるのにどうしたのだろうと。水でも飲みにきたのかなって確認してしまった。
水を飲むわけでもなく、ベッドに戻ることもなく、ソファに座っていた俺の隣に座って、黙って口をへの字にして。だから不機嫌なのかと思ったのだけれど。
「するんだろ? 掃除」
「は?」
ナーバス……になってるようにも見えた、けど。
「それなら掃除機出さないと」
「……」
「掃除機、どこ?」
「……知らない、どっかにある、けど」
本当に不思議なことを言うんだ。庶民の俺には到底思いついもしないことを。
「使ってない部屋もあるし、物置になってる部屋もあるし、それから収納庫みたいなスペースになってる場所もあるから、どっかに入ってる。勝手に使ってないとこ好きに使って構わないって……言ったから」
まさか掃除の仕方から、じゃなくて。
「じゃあ、まずは掃除機探さないと」
掃除を始めるにはまず宝探しをしないといけないなんて。
「……ありがと」
そして、ぎこちなさの混ざるその言葉に、それを口にするミツナの表情に。
「! ちょ、ちょっと待って!」
「え?」
「今の笑った顔、写真に!」
「…………ぷはっ、いいよ。撮んなよ」
どこか柔らかな変化が混ざっているような気がしたから、それをもっと感じてみたくて俺は大急ぎでカメラを構えて、その変化に触れにいって。
「掃除、いつ始まるんだよ」
ミツナが俺のカメラの中で照れ臭そうに笑っていた。
「…………は?」
その声に、皆がハッとした。
夜の撮影の後だった。撤収作業を始めようとしたところだった。
寒くて、真冬の、夜景が見事な高台なんて寒くないわけがなく。
凍えて指先が固まってしまうほどの中。
それでも俺の隣に座り、どんなの撮れた? なんて他愛のない話をしていた途中だった。
マネージャーに呼ばれ、露骨に嫌そうな顔をしながらも手招かれ、話をしに行ったなと思ったら、とてもミツナが声を荒げたんだ。
聞こえてしまったスタッフが思わず顔を上げて見てしまうほどにとても激しい口調だった。
「なんだそれ! ふざけんな!」
「ミツナ!」
「断れよ」
内容までは聞こえなかった。俺から離れたところで話していたから。
「帰るぞ。悠壱」
「あ、あぁ」
「ミツナ!」
慌てて駆け寄ったマネージャーを思い切り睨みつけて。
「ミツナ!」
「うるせーよ」
周囲がざわついてしまうほどの口論が目の前で始まって。
「こんなチャンスはもうないかもしれないんだぞ? 色々なことはこっちでちゃんとするから。だから」
「断れ! もしもそいつに撮られせるなら俺はこの仕事をもうしない」
「ミツナ!」
「悠壱がいいっつってんだろ!」
そこに突然出てきた自分の名前と急に始まった口論に、戸惑って、驚いて、今足元いっぱいに広がる見事な夜景の光に目が眩んでしまいそうだった。
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