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第49話 すれ違い
少し、自分でも驚いたんだ。
――なぁ、佐野、今度の仕事、お前も一緒にやらないか? お前とならいい写真がまた撮れると思うんだ。
そう大木が俺に尋ねてきた。
――すまない。忙しいんだ。
俺はその場で断っていた。すんなりと、迷う事なく。そのことに少し驚いたんだ。欠片ほどの未練もなく断った自分に。
「……カメラマン?」
「え?」
「さっきの人」
「あ、あぁ……前に一緒に仕事をしてたことがあって」
「ふーん」
今日は会話があまり弾まない夕食になった。豆乳を入れたクリームシチューにしたのだけれど、いつもなら、へぇ豆乳入ってるんだ、なんて言いながら、ミツナが楽しそうに食べてくれるのに。
そりゃ、気分を害した、よな。大木はミツナのことを知らなかった。仕事柄世界を飛び回っていることもあるんだろう。世界情勢やニュースには詳しいけれど、若者に人気のモデルのことは知らないみたいだった。
「なんかすごい頭良さそうな人だったね」
「そう、かもな。動物の生態調査とか詳しいから」
「へぇ、すごいじゃん」
タイミングが悪かったのもある、かもしれない。
バーナード氏のことがあって、やらないと言ったのに、あの場でもう一度しつこく訊かれて、そこに見知らぬ人が現れたんだ。なんとなく、疎外感もあっただろうし。
「あんたも、すごいカメラマンだったんだね」
「え? あ、いや……すごくは……」
「あの人、もったいないって顔してたよ」
そうだな……即答で断ったら、もったいないって顔をされた。そんな芸能人の写真を撮るのと、世界環境問題に貢献する仕事、どちらが「意義」があると思っている? そんな顔をしていた。
「俺は……動物カメラマンをしてたんだ。世界中を飛び回って、色々な動物の写真を撮ってた。その一つが高く評価されて、賞を」
「……」
「それからは個展を開いたり」
「……なんか……すごいじゃん」
そう、すごかったと、思う。
でもあの瞬間、それら全てを捨ててしまって構わないと思ったんだ。
「なんか……すごいね」
ミツナに出会った瞬間、欲しいものが全部変わったんだ。
「あ、あ、あっ……ミツナっ、激しっ」
寝そべる格好で奥まで貫かれる。激しくて、強く奥まで抉じ開けられて、快感にシーツをギュッと握りしめていた。
「あぁぁぁっ」
奥ばかりを何度もされてたまらなくて、ミツナの下で身悶えてる。
今夜は、セックスが違う。いつもと。
「あ、あ、あ、あ、また、イクっ、あ、ミツナ、もっ、ああああっ」
寝そべったまま何度も激しく貫かれて、そのまま果てた。
「あっ…………はぁっ」
シーツをギュッと皺くちゃになるまで握りしめていた手からゆっくり力が抜けていく。達した余韻に足の先からふわふわと浮いてしまいそうな感覚が。
「! あ、待っ……ミツナ、今、まだっ……」
その感覚ごと握り締めるようにミツナの手が重なって、俺の中がまた硬くて熱いので擦られて。
「あ、あ、あっ待って、今、イッたばっかり」
「……悠壱」
「あ、あ、あ、あ、あぁっ!」
愛撫も快感も変わらずそこにあるのに。今夜のセックスは違っている。いつもと。
「悠壱っ」
「あぁっ!」
声だ。ミツナがあまり喋らない。だからだ。
だから、ベッドのスプリングが揺れる音と、それからシーツの擦れる音がやたらとよく聞き取れたんだ。いつもはミツナが何度も何度も俺の名前を呼んでくれるけれど、今夜は今、初めて呼ばれたから。
ミツナの声がしなくて、すごく。
「あっ、イクっ」
すごく、変なんだ。
「……ん」
こんなに眠っていていいんだっけ、とふと思って手を伸ばした。
「……ミツナ?」
でも、手を伸ばした先は冷たかった。
「ミツナ?」
いない。
シャワーにでも行ってるのか?
「…………」
いや、水音がしないからシャワーの方にはいない。
今、何時だ?
今日の撮影は、えっと、確か。
スマホ……確か、ベッドの脇に。
とにかく時間を調べようと手を伸ばした、ちょうどその時、「ここだよ」と告げるかのようにスマホが鈍い振動音を響かせた。
ようやく見つけて画面を見るとミツナのマネージャーからだった。
「もしもし、あの……」
寝坊した? ミツナは今、どこに? 早く急かして一緒に撮影現場まで行かないと。
『もしもし? 佐野さん!』
「あ、はい、すみません。俺」
『ありがとうございます!』
「え?」
『本当になんてお礼を言ったらいいのか。報酬のことなら心配しないでください。事務所にも言って、そのまま三ヶ月という契約どうりにお支払いしますから』
「え? あの」
何を……言って。
『もう半分諦めてたんです。あの様子じゃ絶対にもうやらないだろうって」
「……」
『本当にありがとうございます』
「……」
『ミツナを説得してくれて』
その瞬間、本当に真っ白になった。
『貴方のおかげです! 佐野さん』
昨日、何度も抱かれたこのベッドの、このシーツみたいに真っ白で。
『バーナード氏の件、受けるってミツナが言ってくれて、本当に!』
そして、何度も突き上げられる度に身悶えて握りしめていたこのシーツみたいに。
『佐野さん、ありがとうございます』
胸のところがぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。
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