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第58話 悠壱(実紘視点)
モデルの仕事は……好きじゃなかった。けど、この顔と身体があればどうにかなる仕事が他にはなさそうだったから、それをやってた。
自分の写真も好きじゃなかった。
かっこいい?
そんなわけない。俺は一度もそう思ったことがない。だから、どれもこれも気に食わなかった。けど――。
「ねぇ、俺にも今撮った写真見せてよ」
撮影が一通り終わって、スタッフたちがその見知らぬどっかのカメラマンが手渡した写真データを確認していたんだ。俺が適当に連れ込んだカメラマン。
そいつの撮った写真の中の俺は、違ってた。
「なかなかなんじゃないか?」
「まぁ……でもただのスタジオカメラマンですよね?」
「まぁね。偶然かもしれないし。ここのロケーション慣れしてるっていうのもあるかもな」
ぶっちゃけさ、その写真の中の俺は。
――貴方、綺麗だから。
そう言われたけど。
「なぁ! あんた!」
違ってたんだ。なんなんだろう。
「あんただよ!」
この人には俺がこう見えるんだろうか。
「名前は?」
「……え?」
この男の目には俺がこう映ってるのか?
「なーまーえ」
「ぁ……佐野です」
佐野、だってさ。苗字、フツーじゃん。
「下は?」
「悠壱」
どんな漢字なんだろ。わっかんねぇ。漢字とかはマジで書けないからさ。
けど。
「悠壱!」
俺はこの男の目に映る、こんな自分になりたいと、そう思ったんだ。
掃除の仕方は知らなかったからハウスキーパーを雇ってた。
それに、ゴミから生まれた俺はもしかしたら、いつか、あんなふうになるんじゃないかって、怖かった。あのゴミ溜めで白い煙に白い煙を吐きかけ、なんも考えてないうつらな目をした母親みたいになりそうで、怖かった。
だから、人に頼んだ。
飯は適当。
元々味覚が馬鹿になってんだろうな。何を食っても、どれも同じ味がする気がした。
けど――。
「……うま」
あのカメラマンが作ったんだってさ。俺がソファで寝てる間に作っておいてくれたんだって。
食わないかもしれないけど、って、言ってた。でも、随分長く寝てたから、もうこのまま夕食を食べに出かけることはないかもって、作ってくれた。
「うまー……」
―― 俺は今日はこれで。
勝手に撮影に付き合わせた。嫌、だったかな。無理矢理だったかな。良い人なんだろうな。飯まで作ってくれて、コートかけてくれた。
―― あの、明日は何時頃に来れば。
「九時……だってさ」
ホントは十時で大丈夫。朝飯食わないし、起きて顔洗って、マネージャーの車に乗るだけだから。それで充分。でも俺は十時って言ったのを訂正して九時にしてもらった。
なんか、なんだろ、わかんねぇけど。違ってたから。
「うまぁ……おかわりしてぇ……」
あの人が俺を褒めてくれるのは、なんでか心地良かったから。
「一緒に食えばいいのに……」
だからもう少し早く来て欲しかったんだ。
女は嫌い。別に男が好きってわけじゃない。
でも女のあのギャーギャー騒がしい感じとか、絡みつくような視線も声も鬱陶しくなる。それに、こんなゴミ相手にうっとりした顔してるのを見ると呆れる。
「で、あんたは何してんの?」
悠壱は、別。悠壱がレンズ越しに俺を見つめてるのは……別。
この人が俺に向けたレンズの視線は心地良い。
「カメラをしまおうと……」
「なんで?」
「いや、今、この後打ち合わせの予定があると言ってたので、今日はここまでかなと……」
「は? 何言ってんの? 俺のプライベートも全部だってば。俺が寝るまで」
まだ。
「それに、さっきの嘘だし」
「え?」
「あの女、ああでも言わないと付いてくるから。なぁ、それよりも、あの晩飯、美味かった」
「あ……あぁ、昨日の」
ねぇ、まだ帰んないでよ。
「あれ、また作ってよ」
悠壱がじっとこっちを見てた。
女の絡みつくような視線は嫌い。
「悠壱」
でも、この人が見つめてくれるのは心地良い。レンズ越しじゃない方がもっと心地良い。
ねぇ、今、あなたの目に映ってる俺はさ、あの写真の中の俺と同じ? あんな感じにあんたには見えてんの?
ねぇ――。
「飯、できた?」
いい匂いに待ちきれなくてキッチンへ行くと、白いモクモクとした……湯気。
うまそーって思った。
「……あんたの分は?」
「え? あ、いや、俺は写真撮りたいから。食事中は撮影控えたほうがよかった?」
「いいよ、別に。けど、使えないと思うぜ?」
なんだ。一緒に食いたかったのに。
「俺、箸の持ち方、ちゃんとしてないから。だから、飲食系の仕事は全部NG。人前ではそういうところを見せんなってなってる。だから写真撮っても、使えないだろ?」
ね? 変でしょ? 習わなかったんだ。そんなの親から教わらなかったからさ。あそこにあったのはゴミばっかり。
「わかった? 天性なんかじゃねぇし、綺麗でもない。こういうところはぜーんぶ隠してあるからさ」
ゴミはゴミ箱に。
「綺麗、だけど?」
なのに、ほら。
「綺麗だと思う」
あんたがそう言ってくれると、ゴミじゃない気がするんだ。
「触っても?」
「あ? あぁ……別に……」
汚い食い方しかできない俺の手をそっと悠壱が直してくれた。触れて、指をこっちだって別の場所に置いてくれた。
「この親指をこうして……こっちに……この人差し指を……」
あったかい。
「これが正しい使い方」
気持ちいい。
「…………めちゃくちゃ、食いにくい」
「そのうち慣れるよ。ミツナはとても器用だから。じゃないと、あんなに撮影中、カメラマンの指示に瞬時に反応できない」
「は?」
「案外、難しいんだ」
正しい箸の持ち方はなんか窮屈でぎこちない。食いにくいし、前の、いつもの持ち方の方が食べやすいけど。そのあったかい指先に教わったのが嬉しかったんだ。
「なぁ」
「?」
「明日も作ってよ。飯。そんで、その時はあんたも一緒に食って」
「……え?」
「手本が目の前にあった方が覚えやすいだろ?」
心地良い。気持ちいい。
だから、適当に理由を掻き集めたんだ。
今度は飯を一緒に食って欲しくて、飯も指先も、全部あったかくてずっとこうしていたかったから。
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