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第63話 ポケットの中

 せっかくのオフなんだ。どこか出かけようかって言ったら、どこにも行きたくないと実紘が笑った。  朝食を一緒に食べて。  一緒に洗濯をして。  一緒に掃除をした。  ただの、普通の、どこにでもありそうな平凡な一日なのに、実紘はずっと楽しそうだった。  まるで新しい世界に冒険にでも出かけたように楽しそうにしていた。  夕食の食材を二人で買いに行って、夕食を作って、向かい合わせで食事をする。 「二回目の時さ」 「?」 「さっき話してたじゃん。二回目、悠壱とやった時」 「……」  終えた食事の片付けをしながら他愛のない話をしている。ただの、平凡な一日の、その終わりの時間に、洗い途中の皿を眺めて、懐かしそうに目を細め、実紘が笑った。 「あの時、悠壱に話があって行ったんだ」 「あ」  確かに、あんなシティホテルに実紘が来る用事なんてない。都心部って行ったって、実紘が仕事で使うようなホテルじゃなかった。偶然にしても、ものすごい奇跡的なことだった。特に用事があったわけでもなさそうだったっけ。俺が知らない男とホテルの部屋を取ってる時に突然実紘が現れて。  ――やっぱり、あんただ……。  心底驚いた。でも俺はその後の展開に有頂天で、どうしてあそこにいたのかまで考えが及ばなくらいに嬉しくて仕方なかった。 「急に避けられて、ちゃんと話がしたくてさ、家に行こうとしたら、あんたを駅前で見つけて。しかもなんか知らない胡散臭い男と一緒で、ついてったらホテルに入るから」 「……」 「慌てた。はぁ? 何してんの? その男誰だよ。ホテルで、何してんだよ、ってさ」  あぁ、どうしよう。 「すっげぇ、必死でさ、俺、」  実紘のくれる言葉、一つ一つが。 「……実紘」  嬉しくて、たまらなくて。 「悠……」  その、くれる言葉ひとつずつ食べてしまいたいくらいに嬉しくて、そっと口付けた。  ほら、まだ濡れたまま、泡だらけのその手が俺を抱き締めてくれるだけで。 「悠壱」  名前をそんな声で呼んでくれるだけで、嬉しくて仕方がなかった。  深く口付けられながら、乳首をキュッと指先で摘まれてキスの隙間から喘ぎ混じりの吐息が溢れた。 「あ、はぁっ」  服を捲り上げられて、乳首を丁寧に濡らされる快感に実紘の髪をかき乱すようにその頭を抱き抱えた。 「あぁ」  反対側の乳首をキュッと常られて甘い悲鳴をあげてしまう。 「悠壱」 「あっ」  乳首を摘んでくれた手はそのまま肌を撫でるようにしながら、脇腹、腹をくすぐって、そのまま下着の中に入ってくる。 「んっ……」  下着の中でもう硬くなっていたそれを握られて扱かれると。 「濡れてる……悠壱の」 「あっ」  先走りが実紘の手を濡らして、下着の中でくちゅりとやらしい音をさせた。その手で下着をルームパンツごと脱がされて、脚を手で押し広げられて。 「あぁっ」  指が。 「あ、あ、あ……ぁ」  中に入ってくる。 「あぁぁっ」  前立腺を撫でられるとたまらなく気持ちいい。思わず実紘にしがみ付いて、キュッと長い指を締め付けてしまう。 「はぁぁっ、あ、あっ実紘っ」  中を二本の指で柔らかく解されながら耳朶を食まれて、首筋にキスマークをつけられて、快感にあられもなく脚が開いてしまう。 「トマトの」 「?」  な、に? 「前に作ってくれたじゃん。スタイリストの人に聞いて作ってくれてさ。それ知らなくて」 「……あぁ」 「あの時、すげぇ妬いた」 「……」 「ガキだよね。あんたが俺の知らないところで親しげに話してたってだけで妬いて」  あの時は、パーティー会場のトイレで、実紘に――。 「あんたのこと盗られるって思ってさ」  ―― こんな身体になって女なんて抱けんの?  そんなことをたくさん言われたっけ。何度も、もう無理でしょ? このセックスじゃないと満足なんてできないでしょ? って、確かめるように耳元で囁かれた。何度も何度も。  まるで子どもがポケットにしまったお気に入りの玩具を落としてやしないかとしきりに触れて確かめるように。 「ちょ、何笑ってんだよ。今、やってる最中に」 「いや、だって」  笑っちゃうだろ。  誰も盗らない俺なんかを、誰もが独り占めしてみたいと願う悠壱が必死になって捕まえようとするなんて。 「俺はマジで」 「中……」 「え?」  脚をもっと拡げて、二本の指をキュッと締め付ける。物欲しげに。ねだるように、急かすように。 「中、もっと撫でてくれ」 「……」 「もっと太い、硬いので、中、撫でて」  言いながら、そっと指先を実紘のペニスに絡みつかせた。 「これで」  もうすでに硬くなっているそれを扱いて。 「悠壱、何その、殺し文句」 「……ン」  舌を出してキスをした。キスで口の中を弄られながら、組み敷かれて脚をもっと大胆に淫らに拡げる。 「挿れるよ?」 「あぁっ」 「っ」 「あ、あ、あ、あぁぁぁぁっ」  ズプリと挿入されただけで中が嬉しそうにキュンキュンと締め付けるんだ。 「っ、すげ」 「そのまま、あっ……あっ」  笑っちゃうだろ。 「あ、実紘っ、あ、あ、ぁ」  実紘に抱いて欲しくてたまらないのに。誰が相手でももう満たされないくらい、実紘しか欲しくないのに。それを誰かに盗られやしないかと焦るなんて。 「あ、あ、あぁっ、激しっ」 「悠、っ壱」 「あ、あ、イクっ、あっ」  玩具、じゃない……か。 「あ、ンっ……あン」 「悠壱……っ」 「あ、イク、イク、っあ、あぁぁぁぁ」 「っ……っ」  大事な宝物、か。  実紘がポケットにしまい込んで、落としてやしないか、誰にも盗られてしまわないか、何度も何度も触れて確かめてるのは。 「あ、あっ……実紘っ」  多分、玩具じゃなくて宝物。 「悠壱、ん、中で……イかせてよ」  ほら、きつく激しいのに、その腕は大事な宝物でも仕舞うように、優しく俺を抱いてくれた。

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