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第70話 八歳差
「あのさ、実紘って……いくつ?」
質問に紅茶をストローで飲みながら実紘がキョトンとした顔でこちらを見上げた。
今は撮影の合間、昼休憩に近くのカフェで食事をしていた。マネージャーは急な電話が入り、休憩の間だけ別行動になった。
昼食にと弁当を用意してもらっていたからそれを食べて、でも撮影がとても捗ったおかげで昼休憩が少し長く取れるらしく、それならカフェでコーヒーが飲みたいと実紘が。
――デートみたいじゃん。
近くのカフェまで二人で歩きながら、そう言っていた。
もちろん、俺はカメラを持って、いつでも実紘を撮れる状態。実紘も顔をそんなに隠すことなく普通に振る舞っている。こうしていれば、モデルとただのカメラマンにしか見えない。
三日のオフが明けて仕事が再開された。仕事の量は確かにマネージャーが言っていたように増えているはずなのに、それらをこなさなければならない実紘は涼しい顔で、淡々と仕事を片付けていく。聞けば、三日のオフは売れっ子モデルになってから初めてのことだと言っていた。
――三日間のオフはいかがでしたか?
実紘を俺の自宅マンションまで迎えに来たマネージャーが笑顔で尋ねると、実紘はとても楽しそうに弾んだ声で「最高だった」と答えてた。
もしも、恋仲なんてバレたら、って内心ヒヤヒヤしていたけれど、マネージャーはそこに考えは至らないようで、「それはよかった」なんて笑っていた。
まぁ、男同士、しかも今まで実紘と噂になった人が全て女性アイドルやモデルなんだから、想像もしないか。
「何? いくつって」
コーヒーが飲みたいって言っていたはずなのに、頼んだのは紅茶で。
なんとなく、飲み物はなんでもよかったのかな、なんて。ただ、俺とカフェに行きたかった、のかな、なんて思って、少し……嬉しかった。
「いや、歳」
「二十一」
「えぇぇぇぇっ?」
「え? 何?」
年齢さえも極秘になっていた。だから俺も知らなくて。いや、若いとは思ってた。俺よりも若いだろうって。
「に……二十一」
でも、まさかそんなに若いなんて。大人びているっていうか、いや、成人は成人なんだけど、まさか二十一歳だとは思っても。
「悠壱は?」
「へ?」
「歳。確かにお互いの歳知らなかった。ね、いくつ?」
七歳差……か。結構離れてる。
「ねぇ、ってば」
まさか七歳差だとは。
「に……二十八」
「へぇ」
二十一の実紘にしてみたら二十八って、おじさんに思えるんだろうな。
「見えないね。悠壱、肌とかすべっすべじゃん。そこら辺のアイドルとかより全然綺麗な肌してる。二十八ってそんなに綺麗なんだ」
「は、はい? 何言って」
「綺麗じゃん……」
実紘が手を伸ばし、俺の頬に触れた。眩しそうに目を細めながら。
その指先が頬を撫でて、首筋をなぞって、襟と肌の間に――。
「オニーチャン?」
「っちょ、実紘」
「っぷは、やっぱ見えないよ。俺が会ったことのある二十八歳の人と全然違う」
「何っ」
顔をくしゃくしゃにして実紘が笑っていた。と思ったら、テーブルに肘をついて、その腕に丹精な顔を乗っけて、こちらを見上げて優しく微笑んだりもする。くるくると表情が変わっていく。豊かに、柔らかく。
だからか、今日の撮影中何度もカメラマンが褒めてたっけ。前はそれを聞くたびに「いいねを連呼するばかりで退屈だ」と言っていたけれど。今は嬉しそうにしていた。
「年齢とか気にしてねぇし」
実紘が変わった。
「悠壱……」
その変化に俺が――。
“ワォ、君は魔法使いなのか“
その時、突然、流暢な英語が聞こえてきた。
俺達に話しかけているのか? と、驚いて顔を上げると、三十代……後半くらいの外国人が立っていた。
「あ……えっと……」
魔法使い、って、実紘のこと? でも、どう見てもこっちを見て言ってる、ような。
観光客? 実紘のことを知っている、とか? いや、まだそんなに海外への露出は多くはなかったはずなんだけど。
「は? なんで、ここにバーナードが」
「え? バーナード? って?」
俺の向かいに座っていた実紘がその観光客をそう呼んだ。バーナードって。
“君を撮ろうと日数空けていたからね。でもフリースケジュールになったからこうしてブラブラしながら何かアイデアを探していたんだよ。そしたら、近くで撮影をしているってミツナのマネージャーが言っていたから、少し見てみようかと思ったんだ“
じゃあ、さっきかかってきた電話に慌ただしくどこかに行ったマネージャーの電話の相手はバーナードだった、のか?
“君が魔法使いなのか“
「えっと……」
俺のこと?
“失礼“
バーナードが俺の隣に座って、にっこりと微笑んだ。
“君、英語は話せる?“
英語は海外での仕事が多かったから使える。
「え、えぇ」
コクンと頷くと、またにっこりと微笑んで。
“それは助かる“
何が助かるんだろう。通訳、っていうこと、か?
“君のその魔法、とてもすごいよ。君に興味が湧いた。しばらくでいい、そうだな……少し待ってくれ……“
な、なんなんだ。この人。
彼は俺の目の前に大きな手を出し、「ストップ」と言って、電話を駆け出した。早口すぎる英語で、カメラマンだけれどマネージャーみたいなものがついてるのかもしれない、スケジュールの調節をしている。そして。
“OK“
OKって何が?
“十日作れた“
作れたって、何を。
“君に僕のアシスタントをしてもらいたい。日本にいる十日の間“
「は? あの、俺がアシスタントって……」
「はぁ? ちょ、何言ってんだ、あんた」
猛スピードで話が進んでいく。それに全くついていけてない。
“君に興味が湧いたんだ“
けれど、そんな戸惑う俺のことも構わず、バーナードはまたにっこりと微笑んでいた。
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