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第71話 なけなしのプライド

 “僕が撮りたかったのは、こっちの君だ“  バーナードはそう言って、実紘へにっこりと笑った。  “パーティー会場にいたのは君だ。三日前に会ったのは双子の兄弟とか、かな? 似ていたけれど、全く違う。君が撮りたかったんだよ。よかった。なんとなく名残惜しくて日本に残っていて。いやぁ、俺の勘はすごいなぁ、あははは“  あははは……って。  カフェで豪快に笑う外国人に、流石に他人に興味のあまりなさそうな日本人ですら、ちらちらと様子を伺ってしまう。  それでなくてもモデルのミツナがいれば、人の目を充分惹きつける。  俺は驚いて、ぽかんとしていた。  思っていたよりも、その、野暮ったくない人だな。なんとなく勝手なイメージだけれど、バーナードという人をごつい感じの外国人にイメージしていた。なんというか、戦場カメラマン、とか無骨な感じの。  でも本物は違っていた。  もしかしたら、撮る側じゃなくて、撮られる側にもなれるんじゃないか? って、くらいには目鼻立ちが整っている。そして年上の渋さもそこに混ざっている感じがして、俳優と名乗っても誰も疑わない気がする。 「あんた、なんなんだいきなり。俺じゃないっつってただろうが!」  “いや、君だよ。僕が違うと言ったのはこの間、ホテルの部屋でミーティングの時に会ったもう一人の“  いや、でも、なんか天然なのか? ミツナと実紘を別人だなんて思ってる、のか? 「だーかーら、英語で言われてもわかんねぇんだよ!」 「バーナードさん!」  英語が全くわからないのにペラペラと、しかも満面の笑みで話されて苛立った実紘が席を立とうとした時、マネージャーが駆けつけて来てくれた。 「ここに! いらしたのですか! 急に消えてしまうからっ、ミツナ!」  初めて見た。マネージャーがあんなに息を切らしているところを、なんて、少し引いた位置で眺めていたんだ。  “バーナードさん、あの、急にいらしてくださって、ありがたいのですが、ミツナにはまだ今日のスケジュールが残っていて“  やっぱりマネージャーも英語が堪能なんだな。そうだよな。コミュニケーションが必要な仕事だ。英語くらいできないと不便だろう。  “いいよ。今日のところはとりあえず。それにほら、三ヶ月密着っていう仕事があっただろう? このミツナなら是非とも撮らせてもらいたいね。さっき、僕のスケジュールなら十日空けた“  “十っ? あ、あの、ですが“  “十日もあれば充分なものが撮れるよ。僕ならね“  “ですがっ“  “大丈夫。それにアシスタントをつける。彼にそれを今頼んだんだ“  そこで俺の方へとバーナードが手を差し伸べた。  “あ、あの、俺はまだ何も。それにアシスタントなんて“  けれど、バーナードのその手は払い除けられた。 「だーかーら! 英語で話されてもわかんねぇっつってんだろうが!」  実紘によって。  そして、お洒落なカフェには実紘の苛立った声が響いて、興味なんてなさそうなフリをして、でもきっと聞き耳は立てていただろう客達の視線を一身に浴びていた。  “驚かせたかな?“  “……いえ“  いつも通り、俺はスタジオの片隅でカメラをいじりながら実紘を眺めていた。  “君、英語が堪能だね“  “……前に仕事で使っていたので“  “へぇ“  けれど、今日はいつもと違って、スタッフ達の視線が俺の隣に立っている彼へと向けられていて、少し落ちつかない。ファッション関係の人間なら、バーナード、という人物のことは知っているんだろう。そわそわしている。  “君がいるとミツナは変わるのかな“  “……さぁ、どうでしょう“  “アシスタント、やってくれるだろう?“  アシスタント……か。実紘を十日間撮影するのは、彼になる、っていうことだ。  “おや、ダメなのかな。君も……カメラマン、なんだろう?“  カメラマンなんだろう? それならこの申し出を断るなんて愚かなことしないだろう? とでも言いたそうに、返事をせずにいる俺へ驚いた顔を向けた。  公私混同も甚だしい、とは思うんだ。  “……“  “君には申し訳ないけれど“  仕事は仕事って、思うのだけれど。  “僕の方がミツナをきっと、魅力的に撮れると思うよ。僕はこのカメラで何人もモデルを一流まで引っ張り上げてあげたスキルがある“  “……“  “僕が一流だからね“  カメラマンとして彼の方がずっと上だとわかっているけれど。  “だからそのアシスタントをするだけでも君のスキルはアップするんじゃないか? プロなら、なけなしのプライドよりももっと高いプライドを持って仕事に取り組むべきだろう?“  一流のモデルとなんて仕事をしたことはない。被写体になるのはいつも微笑ましいウエディング姿の一般人。そもそも俺がこのスタジオにいることすら、変なことなんだ。だから隅っこで邪魔にならないようにと気を遣っている。けれどバーナードは違う。彼は一流のカメラマン、世界を舞台とした人だ。バーナードとして、周囲から注視されている。彼の視線が何を捉えているのだろうと誰もが気にかけている。  レベル、が違うんだ。  そんなの、わかってる。  “僕なら最高のミツナを写真の中に切りとれるよ?“  なけなしのプライドなんかじゃない。レベル、なんかじゃ敵わないって知ってるよ。  “君にはないスキルを持っている“  そんなこと充分にわかってる。それでも、俺は――。  “あぁ、そうだ。君に見せたいものがあるんだ“  俺は――。

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