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第78話 記念写真
「うわー、俺、こんな顔して悠壱のこと抱いてんの?」
実紘がうつ伏せになりながらベッドの中で足をバタつかせた。
高層マンションだからこその静けさの中で、実紘の足が暴れるたびに、ふわふわと布団が膨れてる。
「すっげぇ、顔してんね。ブス」
くすくすと笑ったのもよく聞こえる。
「けど、すっげぇ、気持ち良さそう」
嬉しそうにしている。
嬉しくてじっとしていられない子どもみたいに声もはしゃいでる。
ミツナはずっとここで一人、夜を過ごしてた。綺麗な、誰も近寄ることを許されない警戒心の強いミツナ。
「……かっこいいよ」
不細工だと言うから、反論を口にすると、隣に寝ている俺の顔を覗き込むように見つめて、また笑った。無防備で、あどけない笑顔は実紘。
眩しい太陽に手をかざすように、そっと優しくその指がさっき乾かしたばかりの俺の髪を撫でた。
「なら、いっか」
「……」
「悠壱がかっこいいって思ってくれんなら」
いつもなら、なんてことをしちゃったんだって慌ててたと思う。その、行為を撮るなんて、やらしいことをしたって。一回見たら、もうその場で削除してしまっていたかもしれない。ちょっとテンションが上がりすぎてたんだって言い訳をしながら、写真を消してしまってたかもしれない。シャワーだって今までは一緒に浴びるの嫌だったんだ。恥ずかしくて、男の自分じゃ実紘には……って遠慮して。
でも、そうはならなかった。
シャワーを二人で浴びて、笑いながら互いの身体を洗って、キスをした。
つい数分前まで愛し合った身体を、お互いに。
写真は、なんてことをしちゃったんだ、とは思わなかった。
実紘が嬉しそうだったから。
実紘が自分を否定しなかったから。
「っつうかさ、ね、悠壱って俺のファンだったの?」
「そうだよ」
これは……少し照れくさいけど。
「そん時は動物とかを撮ってたの?」
「そう、海外を飛び回って動物の写真を撮ってた」
「なんかかっこいいね」
あどけない返事が可愛くて思わず笑ってしまった。
「それで、段々と評価されるようになって、個展開いたりして、写真集も出したよ。ミツナの写真みたいにそうたくさん売れたりはしなかったけど」
ミツナの写真集なんてものすごい部数重版されてるだろ? 芸能ニュースでも取り上げられてたし。というか、俺も持ってるし。
「多分、その時の経歴があったから、ミツナのマネージャーは俺を採用してくれたんだと思う」
「そっか。確かに、すげぇすんなりだった」
やっぱりそうなんだって、なんだか問題の答え合わせをしているように二人の最初を確かめ合っていた。俺がミツナを見つけた時の衝撃。そのあとすぐにスタジオカメラマンに転身した時の周囲の反応。畑違いの撮影に最初とても戸惑ったこと。その中で、色々あるんだなと考えさせられる出会いの数々。それらを経て、ミツナに辿り着いた時の自分のパニックの様子。どれだけテンションが上がってたか、とか、その時の実紘の心境とか。
「何年前なんだろー。あー、あんま覚えてないんだよな。今までの仕事。ずっと、適当にやってたから」
頬が、少し赤くなってるのがバレた、かな。自分のことを話すのは少し苦手なんだ。ミツナがインタビュー嫌いなように俺も不得意だ。それでもと、少しずつ打ち開けるのを静かに、たまに微笑みながら聞いてくれる。暗くて、でも、やっぱりどこか明るい都会の夜に、青白い夜色で満ちてるベッドの中、実紘が熱くなった頬を撫でてくれる。
「ね」
「?」
優しい声だった。
「ずっと、俺のこと、撮ってよ」
「……ぇ」
「俺だけ追いかけてて」
「……」
ずっとって。
「悠壱がいてくれるなら、俺はきっとどこまでもちゃんと歩いていけるから」
まるで、それは。
「俺のカメラマンになって」
「あ……の」
「ずーっと、そう言ってんじゃん」
「……」
「もう丸ごと持って来ちゃいなよって」
まるで。
「悠壱の部屋にあるもの全部、ぜーんぶ、持ってきちゃいなってさ」
「……」
「もちろん、悠壱ごと。つーか、悠壱の丸ごとだけ持ってきてよ」
青白い光で満ちたベッドの中、ゆっくりと実紘の手が俺を引き寄せて、身じろぐとシーツの擦れる音が静かな、夜の部屋では少し大きく聞こえた。
その懐にしまうように身体を重ねて、覗き込まれると、そこには綺麗に艶めく、夜の明かりをかき集めて輝かせた実紘の瞳があった。
「ずっと、ここにいて」
「……」
「ずっと、一緒にいて」
「……ん」
そして、そっと唇を重ねる。
「ね? 悠壱」
それはまるでプロポーズのようだ。
「悠壱?」
「……」
「ねぇってば」
だから俺も。
「よ、宜しく……お願いします」
プロポーズの返事のように答えた。
「ふわぁ……おはよ」
カーテンのない大きな窓からは朝日が降り注いでいた。
「おはよう、実紘」
丁寧に挨拶をすると、珍しく寝癖をつけた実紘が最初キョトンとして、それから、唇をキュッと結んで。
「おはよう……悠壱」
もう一度、今度は丁寧に朝の挨拶をした。
噛み締めるように。
俺はその一部始終をカメラに収めながら。
「ね、悠壱」
記念すべき朝を。
「二人」の始まりの朝を。
「本当、俺のこと好きだね」
愛おしさと愛が溢れるこれからの始まりを。
「うん。すごく、好きなんだ」
光溢れる朝に微笑む、世界で一番愛しい人を、俺は写真にして、記念にしようと思ったんだ。
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