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第79話 敏腕マネージャーは知っている
「そうなると思ってましたよ」
マネージャーがしれっと、そう答えて。
「「……え?」」
二人して、そう返事をしてしまった。
時間通り、どんなに道が混んでいようが、空いていようが、交通状況に関係なくいつも指定の時間にやってくるマネージャーを部屋に招いて、実紘から話をした。
これから俺をミツナの専属カメラマンにする、って。
反対されると心構えはしていた。
もちろん映像は分野が全く違うから撮るなんて無理だし、写真の分野にしても俺では力不足ということはたくさんあるだろう。だから俺がミツナの写真を全て撮るのではなくて、俺をミツナの専属として雇う、ということ。
烏滸がましいと思われるだろう。それでも――。
―― 俺のカメラマンになって。
そう望んでもらえた。
―― 悠壱ごと。
俺を。
――悠壱の丸ごとだけ持ってきてよ。
望んでもらえたから。
けれど事務所には一人分多く経費がかかるわけだから負担にはなるわけで。
「ダメだと言っても、どうせミツナが個人で貴方を雇うと言うのでしょう?」
そこまで言い当てられてしまった。
「そのくらいわかりますよ。何年もミツナのマネージャーをしてるんですから」
あまり表情の変わらない人だから、この突拍子もない希望を突然言われて、今、怒っているのか、呆れてるのか、それもあまり読み取れなくて。
「怒ってもいませんし、呆れてもいません」
あと、やっぱり心の中が読めるのかなと。
「心の中は読めません」
「!」
やっぱり読めてるじゃないか。
「二人が表情にすごく出されるからわかりやすいだけです」
そんなに、かな。二人で顔を見合わせると、マネージャーが小さく溜め息を零した。
「社長の方にはすでに伝えてあります」
「え? そうなの?」
すごいな。前から敏腕なマネージャーだと思っていたけれど、本当にすごいな。行動が早くて。
「また契約書にサインをいただいたりするので、その時は宜しくお願いします。それから」
マネージャーがそこで一呼吸置いた。その改まった感じに俺も、実紘も身構えると、その様子に少しだけいつものキリリとした表情が柔らかくなった。
「こちらも専属として雇う以上、佐野さんにもしっかり働いていただきたいと思います。実紘以外は」
「撮らせないからな。悠壱には」
「わかってますよ。実紘以外を撮らない、のなら、実紘を貴方が独占で撮れるようなカメラマンになってください。貴方だって、不満でしょう?」
世界を飛び回っていた。
「動物カメラマンとして、第一線で仕事をしていたのだから」
やっぱりすごく敏腕なマネージャーなのだろう。
「……えぇ、頑張ります」
こんなに自分の可能性をその言葉に引き出されるとは思いもしなかった。
今日の撮影は短時間だった。だから、帰りに近くのカフェに寄ることにした。クロワッサンサンドがすごく美味しいらしいとマネージャーが教えてくれたんだ。だから、小腹も空いていたし、ちょうどいいって実紘と寄ることにした。
確かに美味い。
糖質カットのクロワッサンだから女性にも人気って言っていた。糖質カット? って思ってしまうくらいにバターの香りがちゃんとして。実紘も美味いんだろう。パクパクと勢いよく食べている。
最近、そういえば、実紘はバーとかクラブ、行ってないな。前は、SNSでそういう写真をアップしていたからか、ちょくちょく行っているイメージがあったけど。
「やっぱすごいんだね」
「え?」
明日は少し早めにマネージャーが来るって言っていた。契約を、改めて結ぶことになるから。三ヶ月だったこの契約が。
「動物カメラマンってやつ」
「……あぁ」
ちょっと……延びることになる。
「マネージャーがあんな風に煽るんだからさ」
「……」
いや、ちょっと、じゃないな。ずっと……かな。
「ね、今度見せてよ」
「……え?」
「悠壱の昔の写真」
「あ」
「俺も見たいなああああ!」
「「!」」
実紘と二人でものすごい飛び上がって。
「やぁ!」
「は、はぁ? なっ、なん、バーナード!」
「シー、ミツナ、ビークワイエット」
「あぁ?」
びっくりした。なんでここにバーナードが?
「ハイ、ユウイチ」
「あ……」
“ミツナの専属になったんだって?“
英語だ。
「おい、だーかーら、英語で話すなっつうの」
“でも、聞いた話だと君がミツナの専属になっただけで、僕がミツナを撮るのはルール違反じゃないだろう? なら、撮ってもいいのかな?“
俺と実紘のテーブルの頬杖をついて、にっこりと笑っている。
“僕が、ミツナを“
なるほど。やっぱりあのマネージャーは敏腕だ。
クロワッサンサンドが美味しいカフェがあるってここを教えてくれた。そこにものすごい偶然なことに世界トップクラスのカメラマンがやってくるなんてこと、普通すごい偶然が過ぎる。
“えぇ、三ヶ月経って、ミツナの写真集を見て、私では至らないようなら是非お願いします“
“ほぉ“
“その時は、是非、ミスターバーナードの力でミツナを誰も追いつけないスーパーモデルにしてあげてください“
俺って結構のんびりしているところがあって、それからあまり自分を出せないというか、謙遜しがちな方なんだ。海外のスタッフと組むことも多かった時代ではそれが結構ネックで、苦労したこともあったし。自己主張が弱いから。だからミツナに会いたいからと自分から行動したことってすごいことで。こんなふうに自意識過剰みたいなことを言うのはもっとすごいことだったりして。
だから、やっぱりミツナのマネージャーは敏腕だ。
まさか、俺が世界のバーナード相手に啖呵……とまではいかないけれど、対抗してみようと思うようになるなんて。
‘“……なんだか、君にも興味が湧いたな“
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