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第80話 他愛のない未来の話

 どうなるかなんて……わからないものだなぁ。  “……あの、何を“  びっくりした。  “僕は魅力的なものならなんでも愛してる。うん。君も撮ってみたくなってきた“  “な、なってきたって“  そう言われてもなぁ……。  なんて考えながら帰りの道をゆっくり散歩でもするように歩いてた。都心の高級感溢れる歩道を、ゆっくり、のんびり。カフェで軽く腹を満たしてから、歩くには少し距離があるけれど、実紘がそうしたいというので、二人で歩いて帰ることにした。素敵な観葉植物が溢れるくらいに並んでる花屋を見かけては、あれ寝室に置いたら素敵だろうな、なんて考えて。自分の部屋みたいにさ。  実紘の部屋なのに。  そして少し照れ臭い。 「あれ、ぜーったいに悠壱のこと口説いてただろ! それはわかったかんな! 英語全然できねぇけど! 雰囲気で! ニュアンスで!」  高級ブランドの路面店が立ち並ぶような街じゃ、実紘をミツナと認識している人が大概だとしても、サングラスをしていることで、隠したいんだろうと意図を汲んでくれているのか、そのままスルーして通り過ぎてくれてる。  あれは、バーナードのあれは多分、本気じゃないんじゃないかな。  ほら、新種を見つけてはしゃいでるだけ、みたいな。だってバーナードの周りは綺麗な人で溢れ返ってるだろ? その中じゃ、俺はまさに素朴って感じだろうし。だから物珍しさに飛びついたっていうか。 「多分面白半分なんじゃないか?」  バーナードはせわしなく俺を口説いて、せわしなくどこかへ消えていった。またね、って言ってたけど。うーん。 「悠壱!」 「んー……?」 「あんたさ! わかってる? 口説かれたって!」 「……いや」  わかってるっていうか、実紘こそわかってないっていうか。 「ぜーったいにわかってねぇ! あんたってさぁ! ほっんとうに!」 「うん」  でも、こうして焦る実紘はかわいいな。 「おい! 写真撮ってる場合じゃないから!」 「そう?」  つい笑うと、まるで子どもみたいにムキになってもらえた。  こんなに慌てて怒る実紘を撮れるとは……って、これを撮らせるための策略だったとしたら、あのマネージャは敏腕どころかちょっと怖いけれど。 「でも、ちゃんと言ったよ」 「はぁ? 何を」  実紘がすごく怒ってくれていることが嬉しかった。 「それは無駄な努力なると思うって」 「……」 「俺、実紘だけだから」  そう言われた方が燃えるタイプなんだと笑っていたけれど、そう言われてもね。実紘だけ、それが真実だし。ほかなんてどうでもいいし。 「どれだけミツナの追っかけしてたと思ってんだ」 「……」  美人の恋人とも別れて、女性が恋愛対象だったのにすんなり男のミツナにベタ惚れになったんだ。世界を飛び回る動物カメラマンだったのに、すんなり街のスタジオカメラマンになっちゃったし。  俺が笑うと、驚いた顔をしていた。  頬がうっすら色づいて見えるのは、気のせい、かな。  あの実紘が俺が微笑んだくらいのことでそんなに頬を赤くするなんてこと。 「やっぱり……ってねぇじゃん……」 「え? 何? 今、なんて」  ビルとビルの隙間を抜ける冷たい風に聞こえなかった。聞き返すと、一月の頃にはもうすでに沈んでいたはずの太陽が実紘の頬を照らした。赤く、ほんのりと色付いて見えた。 「なんでもない」  日が落ちるの遅くなったなぁ。  でも、ビルの隙間から見える夕日は少し忙しそうにも見える。  全然違うんだ。  あのアフリカの夕日は。 「……実紘」 「んー?」  実紘に出会う前は。 「そのうち」  どこよりも美しい地平線を眺めてた。  燃え尽きてしまいそうなほどの太陽を知っている。  夜空から溢れて零れ落ちて来るんじゃないと思えるほどの星を知っている。 「俺がどんなところで写真を撮ってたか、見せたい」 「……」 「すごいよ、きっと」  実紘の瞳の中にあの美しい夕陽が映り込む。  実紘の髪をあの強くも温かく、鮮やかな朝日が照らす。  彼を満天の星が包み込む。  それはとても綺麗だろう。 「うん! すっげぇ、行きたい!」 「うん……」 「いつ?」 「えぇ? だってまだあとあるだろ? この三ヶ月の仕事が、それにもう結構先まで実紘のスケジュール埋まってるみたいだし」 「あー! けど、マネージャーになんとか」 「いや、流石に敏腕マネージャーでもそう何度もスケジュール調節は……かわいそうかと」 「はぁ? 悠壱、優しすぎんだよ! あのマネージャー、鬼だよ」 「いや、撮影の最中にカメラマンを変えろっていう方がずっと鬼かと……」  あの世界さえも、実紘を前にしたら「背景」になるんだろうな。  いつになるかな。三ヶ月の仕事が終わって、春が来て、夏が来て、秋……か、冬? とか。 「あー腹減ってきた」 「え? もう?」 「悠壱、今日、鍋にしようぜ」 「えぇ、そんなにしっかりとした夕食? さっきクロワッサンサンド食べたばっかり」  三ヶ月、それが終わった後の予定は話し合った。  この後の食事の話を二人でしてた。 「うん! 鍋! 決定!」  ここから先の話をするのが、嬉しかった。  実紘と、君と、一緒にいる未来の話ができるのが。 「早く帰ろうぜ」  遥か彼方にいた君と、君が絶望しか持てなかった未来の話を、こうしてできるのが、すごくすごく嬉しくて。 「手」 「え? 今? ここで?」 「いーから! 手」  はしゃいでしまう。 「手!」  散歩デートに照れもなく手を繋いでしまうくらいに、ほら――。  夜空に変わり始めた空を背にした君へ、手を伸ばした。

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