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初旅行編 4 カメラマン失格

 仕事でスタジオからスタジオへ、移動は基本車だけれど、その車中では眠っていることが多かった。  最初の頃は……かな。  最近だと起きていて、話をしていることのほうが多い。けれど、それでも多忙な毎日だから、話をしている最中、気が付くと俺の隣で眠っていた、なんてことがよくある。最初は普通にシートに寄り掛かって、でも、何かの拍子に俺の肩に頭を乗せて。そんな時は目的地まで一度も起きることなく安心したように眠っていたりして。  それが内心、俺には嬉しかったり。  誰にも心を開かない野生の動物が自分にだけは特別なついてくれているような、そんな気持ちになれて、こっそりと喜んでいたりする。 「さっきのサービスエリアにいたワンコ可愛かったよね。いいなぁ。でっかい犬」 「飼いたい?」 「いいよね。まぁ、無理だけど。散歩とか毎日決まった時間になんて無理じゃん。ご飯もあげられないしさぁ」  今日だってそんなにたくさんは寝ていないはずなのに。  でも今回の旅行で、車の中にいる間、一切寝ていない。というか、眠そうにすらしていない。 「……実紘は動物好きだな。初めてのデートも動物園だった」 「あは、そうだね」 「夢は飼育員だったし」 「あはは。たしかに」  車移動なんてしょっちゅうだ。景色だってそうたいして変わり映えしない。でも今日は朝、車に乗った時からずっと楽しそうに景色を眺めて、あんな建物あったっけ? と思い出してみたり、こうして他愛のないおしゃべりをしてみたり。  さっき休憩にと立ち寄ったサービスエリアでは家族が連れていた大型犬を嬉しそうに撫でていた。赤ちゃん連れのご夫婦だったからか、サングラスをかけている目の前の実紘があの「ミツナ」とは気が付いていない様子だった。 「だって、ふわふわしてて一緒に寝たら気持ちよさそうじゃん」 「……」  以前の実紘は少しだけ自分のことを……。 「……ね、動物にもさ、綺麗好きとか、汚いのを気にしないヤツとかいんのかな」  過去が実紘の足元に濃い色の影を落とすことがある。 「いるんじゃないか。そりゃ、動物にだって」  振り払っても、光を当てて、その陰を消してみても、そう簡単にはなくならないんだろう。幼い頃に刻み付けられた記憶は古くなってこびりついて、実紘の足元から離れようとしないんだ。擦っても拭っても、まだ、きっとどこかに残ってる。 「眠るのにふわふわで心地よさそう……じゃないけど」 「? 悠壱?」  車の免許も持ってないんだ。学校にも行かずふらふらしていたところをマネージャーに拾ってもらって、モデルの仕事を始め、そのルックスで一躍有名になり、今に至るから。運転免許を取りに行く暇なんてちっともなかったんだろう。  高速を運転中だから、視線は前を向いたまま、手を隣にいる実紘へと伸ばす。  折り曲げた指がそっと触れたのは頬と顎の辺り。  少し眠いのかもしれない。触れた指のところから伝わる実紘の体温が少し高い気がした。 「眠る時の抱き枕なら、ここに、そう心地良いものじゃないかもしれないけど、ある、だろ」 「……」 「あんまり、その、抱き心地は……」 「そんなことない」  指先なら、熱くなったのはバレてないと思う。  自分で言っておいて、自分で気恥ずかしくなってしまったこと。慌てて今言ったことはなしに、ってしてしまいたいけれど。でも。 「世界で一番抱き心地良いし」  でも、見なくてもわかる。 「最高……」  もう何度も見たことがある。  聞いたことがある。  そんなふうに優しい、切なくなるくらいに柔らかい声で話す時の実紘は、モデル「ミツナ」しか知らない人は驚くほどに幸せそうに、顔をくしゃくしゃにして笑うから。  だから、気恥ずかしいけれど。  それで実紘の足元にこびりついて離れない古びた影が少しでもまた小さく薄くなるのなら、また言おうと思った。  何度でも、いくらでも、言おうと、そう思えた。 「悠壱!」 「う……ん」  こ、ここ? 「おーい!」 「!」  ほ、本当に、ここ?  車での移動はのんびり休み休みでいっても三時間くらい。  宿は実紘が楽しそうに、仕事の合間、移動の時間の中に調べていたから任せたんだ。そう言うの選ぶのもしたことがないからって。  エスコート、みたいなのをしてみたいと言っていたから。 「こっち、俺らは離れだってー」  任せた…けど。 「実、実紘!」  宿の門構えからして高級なのはわかったけれど。そこでチェックインをしてから、まさか本館ではなくて、離れの、しかもスイートだなんて。 「ちょ、実紘! こ、ここに?」 「そ、いいっしょ」  いいけど。 「こちら完全離れになっております。お食事は隣の、こちらも離れのほうに用意させていただきますので。ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」 「はーい」  女性スタッフは頭を下げて、そこで本館へと戻っていった。 「すごくない? 気に入った?」 「気、気に入ったも何も……」  こんな豪勢なところ泊まったことがない。 「むかーし、よくわかんなかった」 「?」 「同じモデル仲間がさ、恋人とかになんかしてあげたくて、あれこれ、なんかやってたの」 「……」 「今ならよくわかる」  あぁ、また失敗した。  カメラ持ってきたのに。きっと俺もふわふわしているんだろう。持ってきたくせに鞄に入れたままだったせいでシャッターチャンスを逃すなんてカメラマンとして失格だ。 「悠壱を喜ばせたくて、超、いいとこ選んだんだ」  この笑顔を写真に収めるのも忘れて見惚れてるなんてさ、本当に……。

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