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初旅行編 5 とろりと……
宿は仕事中、車での移動中にネットで調べたらしい。
意外なことに予約は空きがあったらしい。
そりゃ……そうだろう。
「ねー、悠壱!」
こんなところ、そうそう泊まれない。一泊いくらするんだ。
たった二人で過ごすのにベッドルームは二つ、一階に一つ、見晴らしのいい二階にも一つ。そのベッドルーム二つ分くらいはある広いウッドデッキにはパラソル、その下にテーブルとソファ。そして、二家族くらい余裕で入れそうな露天風呂がついていた。もちろん、中にも充分すぎる広さのバスルームもある。多分、実紘のマンション、今は俺も住んでいるあそこのバスルーム以上に広いだろ。
しかも、ガラス張り。
そして、ウッドデッキの先には庭があって、真っ白な石が敷き詰められている。
「足湯、気持ちー」
足湯まであるのか。
「はぁ、すげ……最高」
実紘はそのウッドデッキにあった足湯に足を投げ出しながら、空を見上げた。
「悠壱も入ろうよ。運転、疲れたでしょ」
すごいところだ。
寝室がまた……すごい……照明は黄金に光る桜をあしらった壁紙を煌びやかに照らしている。もう少し夜になったら、花火が目の前に花開いたように鮮やかで綺麗なんだろうと思った。
シンプルな和モダン。料理はまた別の離れに専用の食事処を用意するって言ってたっけ。
「ねぇってば」
「! 実紘」
「気に入った?」
気に入ったもなにも。
「悠壱がびっくりするような良い宿にしたかったんだ」
後ろから抱きしめてくれる実紘の腕の中で振り返ると、嬉しさに頬を染めて微笑む実紘がいた。
「仕事でさあっちこっち泊まったことある。悠壱もそうじゃん? 世界中飛び回ってたって言ってたからさ。そんな悠壱でもびっくりするようなとこが良かった」
「……」
「俺の、初めてのプライベート旅行」
「……」
「なんで、そんなびっくりした顔?」
「だ、だって」
実紘ならあっちこっち言ってるだろ? それに、以前は女性とのスキャンダルだってたくさん。芸能に疎い俺でも知っているようなモデルや女優と……。
「俺、最低最悪だったの知ってるでしょ?」
「……」
「どーでもいい女と旅行なんてしない」
「……」
「喜ばせたいって思ったの、悠壱が初めてだから。あ、そだ、さっきの女の人がさ、少し歩くけど、美術館があるっつってた。散歩にはちょうどいいかもって、行ってみる? 他にも、近くに湖あるから、明日はそっちに行ってさ。ボートとか乗ってもいいし。楽しそうじゃん? って、悠壱といられるんならなんでもいーけどさ」
甘いんだ。
実紘がくれるもの全部がお伽話のように甘くて仕方がない。本当に幸福感がものすごくて、溢れるくらいで、嘘のようだから――。
「とりあえず、散歩、」
嘘かもしれない、夢かもしれない、あの、ずっと自分が焦がれて仕方のなかったミツナとこうしていられるなんて、って、思わず確かめたくて手を伸ばしてしまうんだ。
「悠壱?」
手を伸ばして、掴んで。
掴めると、ホッとして。
引き寄せて、キスをする。
唇に柔らかく触れるのを感じると、もっと安心する。あ、夢じゃないんだって。
「散歩、は、明日、しよう」
「……」
「せっかく、だから、露天風呂」
だから、引き寄せてキスをした。
キスをしたら。
「一緒に、入りたい……」
離れたく、なくなった。
「はぁ……すげ、おやじくさいけど、極楽ー!」
「うん」
「最高?」
「うん」
「ならよかった」
実紘はそう言うと無邪気に笑って、足をバタバタとさせて、盛大な水飛沫を撒き散らした。
「はぁ……」
そしてもう一度溜め息をついて、露天風呂に縁に肩を乗せると、陽が傾いてきて、空気に色がつき出した空を見上げる。
そのアッシュカラーの髪から滴り落ちた湯の雫が、実紘の横顔をツーッと滴って、溢れて、落ちて、また湯に溶けた。
「なんだか、すごいところだ」
湯気が水面から漂って、少し湯質のせいなんだろう、とろとろと柔らかく揺れる水面に空が写って、綺麗だった。
「ベッドルーム、二階はまだ見てないけど、一階のすごかった。あれ、綺麗な桜の壁紙。あの前で実紘の、……」
アッシュカラーの髪も、長い睫も、そのとろりと柔らかい湯に濡れて。
「ベッドルーム、いい感じだった?」
「ぅ、ん」
「後で行こうね」
「あ、うん。あと、さっきパラソルがあって、そこに……」
「なんだ」
濡れてる実紘は目に毒だ。
「露天風呂入りたいって言うから、てっきり、誘ってくれてるんだと思ったのに」
ゾクゾクして、欲情してしまう。
「悠壱とならただのおしゃべりもすげぇ好きだし楽しいけど」
どうにでもして欲しくなる。どうにかなってしまいたくなる。
「さっきは誘ってくれるんだって」
実紘の好きにしてもらって構わないから、どうにかして、抱いてもらえないだろうかと、懇願したくなる。
「めちゃくちゃ嬉しかったのに……」
「ぁ」
抱いてもらいたいと。
「ン」
「誘ってくれたり、しない?」
「……ぁ」
懇願したくなる。
「ねぇ、悠壱」
「ぁ、実紘……」
ほら、今、すぐ目の前、至近距離で滴り落ちた湯の雫一粒さえ、舌で受け止めて、飲み干して。
「実紘」
しゃぶりつきたく、なってしまうんだ。
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