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初旅行編 14 魔法使い

「しっかりリフレッシュできたようで何よりです」  今日はミツナがファッションショーに招待されていた。  俺はそれを会場の端で眺めながら、カメラをとりあえず構えている。でも、撮ることはちょっと無理そうだなぁと思いつつ。会場外での様子とかを撮れたらなぁって考えていた。  全ての人の視線がランウェイへと注がられている中、そっと、いつの間にか隣に実紘のマネージャーが来ていた。 「今日のミツナは最近の中でも飛び切りの表情です」 「……えぇ」  俺も……そう思う。  他にもモデルにタレント、多様な才溢れる人が次から次に登場している中で、ミツナだけは際立って、人を魅了していると思った。さっき、初登場の時のシャッター音がダントツですごかったのがそれを物語ってる。 「こんなに良い効果ばかりなら、また長期休暇を取れるようにスケジュール組んでみようと思います」  にっこりと笑っていた。  まぁ、うん……リフレッシュになった……のかな。  ほとんど部屋で過ごしてたけれど。三泊四日、外にちゃんと出たのは旅行二日目の美術館と、最後の日、お土産を買う時くらいであとは……ほぼ……部屋、だったんだ。  二人っきり、ずっと。 「…………」  振り返ると、ちょっと「うーん」と考え込んで、恥ずかしくなるくらいに、まぁ、その。 「バーナード氏も今日、来ているんです」 「そうなんですね」 「えぇ、なので、気をつけてくださいね」 「?」 「またミツナが大騒ぎになってしまうので。それから」  マネージャーはまた華麗に微笑むと、寄りかかってた壁を離れて、一歩、前へと出る。と、同時に、今日二度目の登場になるミツナがランウェイに現れた。  歓声と拍手。  その中を王様のように黒い衣装で闊歩するミツナ。 「今日は珍しくシャツとネクタイなんですね」 「!」 「とてもお似合いです。では」  それだけ言うと、ミツナを迎えに行くためバックステージへと向かっていった。  あぁ、これは、もうバレてる……な。  そう思って赤くなってしまった。  シャツにネクタイ、まぁ、ファッションショーに同行しているからドレスコードがあるし、珍しいわけじゃないけれど、その服装を誉められた理由は……その、見破られてるってことなんだろう。  ラフな格好だと見えてしまうから。  その、首のとこにある、赤い口付けの後が。三日間の間、ずっとこもって触れ合っていた名残が。 「リフレッシュ……か……」  そう呟いて、照れて赤くなった頬を落ち着かせようと、そっと小さく溜め息を零した。 「な……なんてことだ……オーマイガー」  実紘の控室に響き渡る野太いバーナードの声。  なんだろう。バーナードのオーマイガーってなんか喜劇っぽいというか、嘘くさいというか。日本にいすぎじゃないか? この人、本当に売れっ子の世界的ファッションカメラマンなんだろうか。  仕事……ないんじゃないのか。 「つーか、あんた、向こう帰れよ。仕事ねぇの? 干された? 本当に売れっ子カメラマンかよ」  まるで俺の思っていることがそのままぽろりとこぼれたのかと思ったほど、実紘がそのままバーナードに言うものだから思わず吹き出しそうになった。 「ユーイチ! なんてことだ!」 「いや! 俺の控室で俺のこと無視すんな! 暇人カメラマン!」  なんてことだも何もない。というか、本当に何もないし。ただの同行カメラマンだし。 「こっっっっんなにセクシーになって、どうしたいんだ!」 「つーか、お前こそどうしたんだ! どうして、ここにいるんだよ! お前に入ってきていいって俺言ってねぇぞ!」 「世界一のカメラマンに入って行けないところなどないんだよ」 「うっせーよ!」  そして、なんだろう、この二人、このままコメディアンで売り出せそうな気がしてきた。いいコンビネーションというか、掛け合いのいきおいがすごい。 「ここは入れないんだよ」 「ふふふ、もう入ってるぞ」 「だーかーら、出てけって!」  ほら、すごくないか? トップモデルとトップカメラマンの漫才コンビ……って。 「そうじゃない。ミツナ、どんな魔法を使ったんだ? あの、さっきのランウェイのミツナの存在感に今のユーイチノエロス!」 「エロ言うな!」 「……っぷ」 「ユーイチ?」  思わず、笑ってしまった。 「魔法、使ったんです」  そっとカメラを構えてみせた。 「……わぉ」  このカメラが魔法の杖。シャッター音が魔法を奏でる音。 「一箇所あったな」 「?」 「俺でも入れない場所が一箇所」  その言葉に実紘がさっきのランウェイで見せた自信に溢れる顔をしながら俺を引き寄せる。もう誰も、一ミリたりとも隙間に入り込ませないと、ピッタリ身体をくっつけて。 「だろ?」 「あぁ、残念だ。入ってみたかったなぁ」 「うっせぇ」  実紘の悪態に怪訝な顔もせず、にこやかに笑ってバーナードは肩をオーバーにすくめてみせると、持っていたカメラを構えずにそのまま部屋を出ていった。 「ったく、毎回毎回懲りないおっさんだ」  でも、本当に魔法みたいだ。 「なぁ、実紘」 「んー?」 「あのさ、今度」  シャッターを切る度に実紘は表情を変えていく。窓の外を見てぼんやりとしていたあの日から何枚も何枚も、もう何千回とシャッターを切って、切って、彼が魔法にかかったように変わっていく。 「時間作って教習所行ってみないか?」 「……え?」 「車の免許、取ってさ」 「……」 「実紘の運転してるところ、きっとすごくかっこいいから」  彼の輝きはどんどん強くなって。 「……悠壱、写真に撮ってくれんの?」  いつか、きっと。 「なら、取ろうかな」  きっと、足元のあの黒い影さえ、消せるように――。

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