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二人で媚薬編 1 大はしゃぎ

 ジェットコースターは、まぁ、苦手かな。あの重力がかかる感じが不得意で。でも、世界中を飛び回っていたカメラマン時代、飛行機が乱気流の中を飛んでいても怖くもなかったし、平然とその中でリラックスできていたから、ジェットコースターも慣れれば苦手ではなくなるかもしれない。お化け屋敷は、苦手ではないけれど、好き好んで入ろうとは思わない。  パッと思いついた限りでは怖そうなものっていうと、この二つ。  だから、あんまり怖いものというのが俺にはないのかもしれない、と、ふと気がついた。 「ちょっ、実紘! ここはまだ発進できないっ!」 「えぇ……なんで?」 「ここは右方向の矢印が出るまで右折できない交差点だからっ」 「……なるほどぉ」  けれど、今、一つ、できた。  今、この実紘が運転している超高級車が世界で一番怖いものになった。 「つうか、これ、二車線どっちも一緒に右に曲がんの?」 「そ、そうっ」 「うわ、こわ……」 「いや、だからこそ、ちゃんと前見て」  実紘がびっくりした顔をして、でも、どこか平然と呟いて、その見惚れるほど整った顔をこっちへ向けた。大慌てでその頬をぐいっと押して、正面にその造形美の優れた顔を力づくで前へ向かせる。  運転免許をついに取得することにしたのは数ヶ月前。  取れたら……なんて言ってはいたけれど、多忙を極める超人気芸能人になった「ミツナ」に教習所に通う時間は到底なくて、ずっとその計画は宙ぶらりんになったままだった。  それが数ヶ月前、突然。  ――俺、免許取りに行く。  そう言い出した。  俺も一緒に住んでいる自宅マンションからスタジオへの移動の最中に。  どうして急にって、俺も、マネージャーも驚いた。そんな俺たちを眺めて、頬杖をつきながら実紘がにっこりと微笑んだ。  ――だって、そしたらさ、こういう移動の時も俺が運転できるでしょ? そしたらマネージャーついてこなくていいし。悠壱と二人っきりになれる時間が少し増えるじゃん。俺天才。  そんな理由だった。  そして、本当に、取得する気満々になったようで。言い出したら絶対に折れないタイプだから、もうマネージャーも仕方がないと諦めて。  実紘は分刻みのスケジュールをこなしながら、教習所に通い、この度、ついに合格した。勉強とか大嫌いだと呟き続けながら。マネージャーには継続的に教習所に通うのは日々のスケジュール的にかなり大変だから、ここは短期集中で合宿に行ってとってしまった方が効率がいいのでは、と提案されていたけれど。絶対に合宿は嫌だと首を縦には振らなかった。俺も、合宿の方がいいと勧めたんだ。ずっと実紘に密着同行し続けていたから、その忙しさはよく知っている。そして、その頃以上に今の「ミツナ」の方が忙しい。だから取るなら通いでよりも、短期集中の方がまだ楽なはず。その前後、多忙を極めることになったとしても、とても優秀なマネージャーが合宿分の休みをどうにかして捻出してくれるって。でも――。  ――は? 嫌に決まってんじゃん。そんな何日も悠壱と一緒にいられないとか無理。  何言ってんの? みたいな顔でそんなことを言われた。しかも、マネージャーもいる移動中の車の中で。  ――それに、そんな長い間、俺がそばにいなくて、悠壱に変な虫がくっついたらどうすんの? 俺、発狂すんだけど。  発狂なんて、しなくていい。  そもそも俺にそんなのくっつくわけがない。  そんなの、こっちのセリフだ。  変な虫って、もしもその虫がくっつくとしたら俺にじゃなくて、実紘にだろう。なのに、そんなことを言われて、冷やかすわけでもなく表情一つ変えないマネージャーの対応と、実紘のいらない心配に一人で俺だけ赤くなっていた。  それから何ヶ月もかけてようやく免許を取れたのが数週間前。そして、今日はその免許取得あと、初めての丸ごとオフの日。 「わーすげぇ、でかい橋」 「ま、前っ」 「あははは、悠壱が焦ってる」 「だから! 前っ」 「あははは」  今日と、明日。  今、テレビで「ミツナ」を見かけない日はないかもしれない。大都市には「ミツナ」が宣伝を務めてる大きな看板をあちこちで見かける。電車の中の広告にも。  綺麗な、整った、美形、なんてだけだったら女性ファンだけだったかもしれない。けれど、素顔、と言える笑い方をするようになった、たまに本心を話すようになった。恋人がいると、ナチュラルに自身のことを打ち明けた「ミツナ」に最近は性別も年齢も関係なく、色恋の混ざった眼差しだけではなく、シンプルに好意的な眼差しが向けられるようになった。 「わー、すげぇ、こっちの道空いてる」  大きな口を開けて笑った表情は、真っ青でどこまでも澄んだ青空のような清々しさがある。 「でっけぇ……川!」  作っていない声は大きく、低く、凛々しさがある。 「ねぇ、悠壱見て、あれ、鶴じゃね?」 「あれはサギだよ」 「あはは、名前がすげぇ」  大はしゃぎだ。 「でっか!」  そんな実紘を、誰からも好かれる「ミツナ」を、今日と明日、独り占めできることに。 「わ、飛んだ!」  内心、大はしゃぎなんだ。

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