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二人で媚薬編 2 特別な子ども
さすが、大人気芸能人、だよな。
ポーンと現金で、超高級車を買っちゃうもんな。
「すげぇ、ガッラガラ。これなら一番広いとこ借りなくてもよかったじゃん」
林の中、突然現れたポッカリと広がる芝生の広場、そこが俺たちの借りたキャンプエリアになっていた。車の乗り入れが可能で、その芝生の手前がパーキングエリアになっている。そこに車を停めると、早速飛び降りて、キンと冷え切った、でも清々しいほど新鮮な空気に触れるように、両手をめいっぱいに広げた。
そりゃ、そうだ。
年中オープンしているからって、真冬にアウトドアをしたいなんて思う人はそうそういない。
キャンプ場専用サイトなんていうのもあるらしく、そこで見つけたこの「オートキャンプ場」はエリアがいくつか料金で分かれていた。雰囲気はわいわい賑やか、じゃなくて、ゆっくり落ち着いた雰囲気のところがよかったから、料金が高くても広い範囲で周りを林に囲まれたこのエリアにしたんだ。トイレとバスに関してだけ少し離れてしまうみたいだけれど。この「オートキャンプ場」に入ってすぐ、テニスコートがいくつも並べられそうな広大な敷地があった。多分そこが一番手頃なエリアで、そこにもいくつか車が止まっていたっけ。そこからぽつんぽつんとテントも見かけたけど、本当にまばらなものだった。夏や、初夏、オンシーズンになったらもっとすごいんだろうけれど。
「悠壱!」
何か見つけたのか、手をブンブン振っている実紘がまるで子どもみたいだ。
「テントとか張んの?」
「……張るから買ったんだろ?」
「確かにっ」
実紘の綺麗な声が、林の中に響いた。
免許も取って、車も買った、だから、出かけよう、そう誘われたけど、まさかキャンプに行きたがるとは思わなかった。でも、今、「ミツナ」を知らない日本人なんてほとんどいないくらいの有名人はどこに行ってもすぐにファンに見つかってしまう。だから、ちょうどいいのかもしれない。ここなら人のことなんて気にしなくていいから、サングラスもマスクもいらない。
大はしゃぎして笑ったところを。
――カシャ。
俺も見たいし。
「カメラ、撮んの?」
「うん」
「なんだ、撮らないと思ってた」
あ、今の表情、よかった。シャッター、は多分間に合った、かな。
でもそれを確認する暇もないほど、今日の実紘は表情が良くて。
ちょっと困る。
ナチュラルで、それでいて、普段一緒にプライベートな時間を過ごしている時の柔らかな実紘とも、仕事の最中、触れることすら躊躇われるほど繊細で美して神々しい「ミツナ」とも違う顔。
今では少なくなってきたけれど、実紘の過去がふとした時にさせる、切ない表情ごとその過去がこの木々の呼吸に吸い取られて、どこかに行ってしまったみたいに。
今日は清々しい表情を次から次に見せてくれるから、シャッターを慌てて切ってばかり。
「撮るよ」
こんな実紘撮らないわけない。
「だって、俺が運転してるとこ、撮ると思ったのに」
「それは、ちょっと」
それどころじゃなかったんだ。危なっかしくて、ヒヤヒヤしながら、どうしたってハンドルは実紘のところにあって俺は操縦できないのに、手がぎゅっと力を込めたままだったんだ。
「横顔、いい感じになるようにって、ここんところ、メイクの人に聞いたフェイスラインのシェイプアップやってたのにさ」
「そんなの、しなくても実紘の横顔は綺麗だよ」
「っぷは、あはは」
そこで爆笑されても。
「俺、悠壱が撮ってくれる俺はすげぇ好きだからさ」
本当に、一瞬一瞬綺麗なんだから。
「ここからたくさん撮るよ」
「帰りも?」
「…………」
それは、うーん、ど……うだろう。
「頑張る」
「っぷは」
また、子どもみたいに笑ってる。
「もう少し小さい車にすればいいのに。運転も楽だし。最初なんて、絶対に擦るんだから」
「いいんだよっ」
初心者が乗る車じゃないだろ? 外国製の、超高級車、しかも大きい。そして、珍しいキャンプ仕様。スイッチがあって、それを押すと屋根の部分が約七十度、だっけ? とにかく開くんだ。中のシートも特殊でベッドのようにフラットになる。そしてフラットになれば大人二人くらい余裕で寝転がれて、開閉のできる屋根のおかげで中で立ち上がることもできる。もちろん、サンルーフになっているから寝転がったまま星空を楽しむこともできる。豪勢な車。それが教習車の次に乗る車だなんて。
「この車なら完全に二人っきりで過ごせるじゃん」
それをただこの時間のためだけに買うなんて。
まるで幼い子どもがわけもわからず、金額も知らないまま、目に入った高級品を「初めて」のオモチャとして買いたいと言ったように。そして、それを買ってしまったように。
「だからこれでいいんだよ」
けれど、そんな身に余る贅沢さえも許されるくらい、誰よりも美しく、讃えられる子どもだ。どんな我儘も許される、特別な子ども。
そのくらい、今日の実紘の笑顔は特別だった。
ほら、木々の隙間から差し込む光が彼の髪を照らして、その表情にまるで空からスポットライトが当たっているよう。プロのカメラマンがあろうことかシャッターを切ることすら忘れるほど、特別、綺麗だった。
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