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二人で媚薬編 3 贅沢者
懐かしいな。
案外覚えてるものなんだと、少し自分に感心した。もちろん、年々改良されていて、俺が使っていたものなんかよりずっと組み立てやすいし、材質も形も豊富になっているけれど。
「すげぇ、テントだ」
「これはタープ、屋根だけだよ。車が十分広いから夜はそっちだろうし。だからこれで十分だと思う」
「へぇ、物知り」
大昔、動物や自然の写真を撮っていた頃は、それこそテントで寝泊まりなんてよくしていたから。もちろん肉食獣がいるような大草原の中ではなくて、コーディネーター、同行スタッフと一箇所に固まって、夜行性の動物に襲われることのないように十分対策をしながら、だけど。
だからこういうのは慣れてるんだ。
「この材質のタープなら下でストーブも焚き火もできるから」
「へぇ」
「焚き火、しようか」
「あ、うん」
不思議そうな顔をしていた。アウトドアはしたこと、ないんだろうな。学生で、そこから芸能界に入って、そのまま今の人気芸能人「ミツナ」になる間に、キャンプなんてしている隙間も機会もきっとなかっただろうから。
そんな「初めて」を俺が実紘にしてやれることが少し、嬉しかった、なんて。
実紘に言ってみたら、どんな顔をするんだろう。
昼間と夜で十度くらい違うことはしょっちゅうだったよ。すごい時だと二十度くらい。昼は薄手の長袖を着ていたはずなのに、夜になって真冬のような格好になったり。最初の頃はその気温差と食生活の違いで、結構体調崩していた。そのうち慣れちゃって、全部が安定していて、安心安全な日本に帰ってくると、変にソワソワしてみたり。
「ミツナ」に出会う前のこと。
「へぇ、ね、すごい? 絶景とかも見た?」
「あ、この前、実紘がテレビに出てたあの番組」
「どれ?」
「世界中の絶景をって」
「あ、うん。あれのどこ?」
「ミツナが見たいってテレビでコメントしてた星空も見たことある。オーロラもあるよ」
「マジでっ?」
淹れたてのホットワインを溢しそうな勢いで前のめりになるから俺は大慌てだ。そのマグを握る手にワインがかかってしまうと焦った。
二人で、タープの下、焚き火もして大丈夫なエリアなのを確認して、目の前に小さく火を起こした。世界をかけ回っていた頃に習得したキャンプの経験値から、外での食事作りも慣れたものだった。起こした火でシチューを作って、それからサンドイッチ。火があるし、タープで外気もある程度遮断している。それからホットワインの効果もあるんだろう。冬だけれど、そこまで寒くはなくて。満腹になった後、静かで、本当に二人だけの時間にゆったりと身を預けてる。
パチパチと木の燃える音を聞きながら、実紘と二人だけで話をするなんて、日本中から羨ましがられるような時間だ。
なんて贅沢なって。
ここにはテレビはない。俺たちがスマホを開いたりしなければ、「ミツナ」はいなくて、いるのは、澄んだ世界から飛び出してきたような無邪気な実紘。
「他は? 動物だったら、どれが一番すごかった?」
「んー……驚いたのは、ヌーの川渡りかな。あれはすごかった」
「何それ、なんか技名みたいなんだけど」
「あはは、確かに。ヌーが何万頭も連なって、大きな川を渡るんだ。でもそこにはワニもいて」
「すげ」
「すごい迫力だよ。あと、綺麗な動物って思ったのはヒョウ、かな」
他にもたくさん。どの動物も力強くて、生き生きとしていて、けれどどこか刹那的で。
「あとは、オーソドックスだけど、虹、かな」
地平線から弧を描く虹。それは何度も見たことがあるのだけれど、何度見ても、つい写真に撮ってしまう。
「朝日も好きかな。夕日もいいんだけど、夕日が見られる頃は忙しいから」
「?」
「晩飯作ったり、防寒対策しないとだし」
「っぷは、なるほど、ってさ、テントって一人一つ?」
「?」
「悠壱と相部屋……じゃないのか、相テントの奴って」
「……っぷ、あははは、俺、機材の持ち込みすごかったから大体一人だったよ。カメラも高いし。防犯」
そこでホッとした顔をするのが面白かった。男ばかり、まぁ、女性スタッフもいたことがあるけれど、そういうのはしないだろ。当たり前だけど。仕事だから。その場所でそんなことになってたら、信用なくなって、次から依頼なんてなくなるよ。それでなくても人間は非力なんだと、か弱い生き物なんだと痛感することが多々ある場所なんだから。常に危険と隣り合わせで。
「それに、一日中緊張してるから。夜なんて死んだように寝てた」
でもそのくらい神々しくて、神聖で、景色も時間も目の前で繰り広げられる全てがドラマチックだった。
色々見たよ。世界の絶景なんて言われてる場所は大概、見たことあるから。でも――。
「悠壱?」
でも、そんな色々な感動するほど綺麗なものを溢れるほど見てきても、心奪われたのは。
「な、何?」
なんだろうって、少し身構えて、目を丸くしてる。表情が豊かになった。それが仕事にも影響あるんだろうな。最近はモデルじゃなくて、幅広く活躍するようになったから。バラエティに出てる「ミツナ」なんて前は無かったことだ。
「虹も、ヌーの川渡りも、ヒョウも、すごい感動したけど」
きっとどんな宝石も、絶景も、今の実紘の目の前じゃ。
「実紘が一番だよ」
「!」
見惚れてしまうほど、美しくて。
けれど、今はそれだけじゃない、真っ赤になって照れる生き生きとした実紘をすごくとても夢中になって見つめてる。
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