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二人で媚薬編 5 シューチャク

 憂いの表情、なんて珍しい……。  最初の頃、あの三ヶ月の前半にはチラホラとそんな表情をしたりもしたけれど、途中から、その表情はなりをひそめて、楽しそうに、屈託なく笑うことが多くなった。  だから、物思いに耽りながら、ペンを握る手を止める実紘はとても珍しくて、思わず、カメラを探してしまう。  もうあの、密着撮影の仕事は終わってしまったから、実紘の仕事に同行してカメラマンとして「ミツナ」を撮影する時以外は、少しでもリラックスして欲しくて、カメラを向けることはない。だから、今は、出してなくて。  ちょっと、もったいないな、なんて。 「ねぇ、悠壱」 「?」 「これなんて読むの?」 「! あぁ、それは……」  なんだ。漢字の読み方がわからなくて悩んでたのか。  物思いに耽っているから、何かと思った。ナーバスになっているのかと邪魔にならないように離れたところから眺めていた俺は少しだけ笑いながら、控え室のソファ、実紘の隣に腰をおろした。指差した先を追いかけて、その漢字を読んでみせると、にっこりと笑った。  ありがと。  そう呟いて、また一所懸命、今度出演するドラマのセリフを目で追っている。  ドラマに出ることになったんだ。  前からぜひにと言われていたらしい。監督が「ミツナ」をとても気に入っているみたいで、今回、ミツナの希望は即座に叶えられたらしい。  特別出演。  でもドラマはドラマ。  演技は苦手だって、セリフ覚えるのもできないし、育ちが悪いのが絶対に露呈するって。だからそういうのには向いていないって言ってたのに。  今回のこの特別出演も、自分から、ドラマの仕事も受けたいって言い出して、決まった、とマネージャーから聞いた。 「……キャンプ、良かったみたいですね」 「! え、あ」  突然そんなことを言われて、思わず、頬がかっと熱くなってしまう。見られたわけじゃないのに。そのキャンプで盛り上がってしまったって、知られてる気がして。  マネージャーは部屋の隅で、じっとスマホをいじっていた。実紘のスケージュールが丸ごと詰まっているスマホと睨めっこをしながら、実紘の予定を調節していたんだろう。その彼がチラリと、実紘の隣に座る俺を見つめた。 「ずっと断っていたドラマの仕事、受けたいと言ってくれたし」 「……」 「きっと貴方のおかげです」 「いえ……俺は、何にも」  前の「ミツナ」はモデルの枠から決して出たがらなかった。  ただ黙ってそこにいるだけでいいんだからと、冷めた瞳で足元を見つめて、退屈そうな声でそんなことを呟いていた。けれど、クイズ番組にも出たし、インタビューもよく受けるようになった。プライベートでは運転免許を取ったり。それで、今度はドラマ出演。 「今回は特別出演なので短いものですけど、主演もそう遠くない話だと思うんです」 「……そうですね」 「今回の出演もすでに話題になってるし。むしろ、今まで頑なにどこにも出てこなかったのが返って効果的になったみたいで、突然の露出にみんな湧き立ってるんですよ」  それは、知ってる。  マネージャーに言われなくても、知っている。  だって、ミツナを誰よりも見てたのは俺なんだから。 「その分、貴方も仕事が増えるかと思うんです。そういえば、この前、海外のファッション雑誌のカメラ、依頼来てましたよね」 「あれは、たまたまです。多分、カメラマンが急遽キャンセルとか出たんじゃないですか? 俺、英語なら話せるから。それに、その時はミツナの仕事があったので」 「ありがとうございます。ミツナを最優先にしてもらえて」 「そんな……俺は」  当たり前のことだろう?  ミツナを撮る、それが何より最優先されることなんだから。 「来週はバレンタインのイベント出演が増えるので忙しいんですけど」  あ、そうだった。ミツナがメインキャラクターを務めてるお菓子メーカーのバレンタインイベントであっちこっち飛び回るんだっけ。 「そこが終われば休み確保しますから」 「! そんな、俺は、別に」 「いえ、ミツナにしてみたら、と……すみません。電話が」 「ぁ、どうぞ」  マネージャーは会釈をすると、そのまま控え室を出て行ってしまった。 「……」  主演、か。  確かに、そう遠くないんだろうな。芸能界に詳しいわけじゃない俺でもそう思う。ミツナのドラマ出演なんて、今のこの関係を想像もしなかった頃だったら、大喜びで、歓喜に震えて踊っていたと思う。  それは素晴らしいことなのに。 「ねぇ、悠壱」 「?」 「この漢字はなんて読むの?」 「……どれ」  漢字なんて教えてやらない。  読めないでいて。 「これはね」  愚かで未熟なことを考えてしまう。  だってそしたらセリフが覚えられなくて、撮影が難航して、ミツナに出演してもらうのを躊躇うようになるかも知れない、なて。 「シュウチャク、だよ」 「シューチャク、ね」 「……  実紘もミツナも、誰にもやりたくないからと、両手いっぱいにお気に入りを抱え込んでいる子どものように。  愚かなことを考えてしまった。

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