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二人で媚薬編 8 待ちぼうけ

 寒さもあるのかな、もう二月も終わるのに、ここのところ寒さが厳しくて。  だから、なんか。  うん。  それもあるのかもしれないと、一人で待ち合わせていたレストランの個室で飲みながら思った。  ――今日はすっごい頑張ったからさ。夜、一緒に飲もうよ。久しぶりに。  そうメッセージが入っていた。気がついたのは講師の仕事が終わって、一息ついた時だった。大学で写真デザインの講師、っていう仕事。  あまり得意ではないけれど、人前で話をして。最初に、不得手なのでわかりにくいとこともたくさんあると思うって言っておいたけれど、どうだったかな。一応、居眠りすることなく学生たちには聞いてもらえたけれど。  大学生ってこんなだったっけ、と、大昔の自分のことをぼんやりと思い出しながら。自分が大学生だった頃よりも、なんだか今の子の方が忙しそうだった。スマホにタブレット、ノートも持参して、両手でいくつものツールを使う彼らはなんだか慌ただしくて、壇上にいる俺には目が回りそうだった。俺なんて、もっとのんびりしていた気がするなぁって。  そんな講師の仕事が終わり、もう、今日は特に予定はないから、実紘が撮影しているスタジオまで行ってみようかなとか思った時にそんな「会いたい」を実紘からももらえて嬉しくて。  少し早く来すぎた、かな。  時計を見るともう夜の九時だ。  特にメッセージは。 「……」  なし。  昨日も結局、帰ってきたのは深夜だったし。また撮影が押してるのかもしれない。  昨日の夜、あれは何時だったんだろう。実紘がベッドに入ってきたところで俺が目を覚まして。  ――ただいま、おやすみ。  そう疲れてるせいか低く掠れた声が囁いて俺を抱き枕にしたから、俺もそのまま目を閉じた。  次に目を覚ましたのは朝で。  もう実紘は仕事に向かった後だった。  昨日の朝、身支度中なのに気がついて、起きてしまったから。  今朝はきっともっと静かに出かける準備をしたんだろう。  店、ここでよかったっけ?  ここなら芸能人もよく使う店で、個室が別階にあって、出入り口も配慮されてるから、完全プライベートで他の一般人の目を気にしないで入れるんだって、何度か連れてきてもらったことがあるけど。  その一般人が、その個室に一人で滞在してていいんだろうか。  撮影が終わる時間を聞いてからくればよかったな。  でも、撮影何時に終わる? なんて、実紘に訊いても監督じゃないんだからわからないだろうし。それに実紘は今回特別出演で、しかもスケジュールの都合で二日間限定の仕事ってなっていたから、むしろ撮影が押してても文句は言えないだろう。  それもすごいよな。特別出演なのにスケジュールタイトに組んでもらえるって。監督がとてもミツナのことを気に入っていて、出演OKにかなり喜んでたって。  女性の監督、だっけ。 「……」  でも、男性でも、別に、ミツナを……。 「……はぁ」  バカだな。一人で個室で酒飲んでて暇なのかな。考えが飛躍しすぎてる。酒、飲んでるけど、一人だからなのか、考え事をしながらだからなのか酔えない。個室は少し寒い気がした。酔っ払ってれば、ちょうどいいのかもしれないけれど、肌寒い。少しあったかくすれば気持ちももう少し上向きになるかなと、一つ、深呼吸をしてから、店にブランケットでも借りようと思った。  注文でなく、そんなことを頼むのに呼び鈴を押すのは躊躇われるから、個室を出ると。 「わっ」  完全個室の二階、個室自体は広めだけれど、廊下は狭い。そこを女性が歩いてきた。甘い甘い香りが少しきつい、でも驚くほど顔が小さい女性。どう見たって一般人じゃない美貌。 「こんばんは」 「ぇ……あ、こ、んばんは」  挨拶をされてちょっと驚いた。  モデル、かな。ここは芸能人御用達って言ってたし。同業、には、この俺の外見じゃ思われないだろうけど、同じ業界で働くスタッフとかと思われてる、のか? 「……あ、の、何か」  すごい……見られてる、んだけど。 「……えっと」 「やっぱりそうだ。貴方、ミツナの専属カメラマンの人でしょ? 専属カメラマンで、パートナーの」 「!」 「私、ミツナの遊び友達」 「!」 「だったんだけど、なんか急にノリが悪くなっちゃって」 「……」 「貴方に取られちゃった」 「あの」  彼女はにっこりと笑って、艶やかな髪を細く繊細な指で耳に掛けた。 「カメラマンさんだけど、結構好みかも、って言ったら、すっごい焦って、そんな顔するんだって、びっくりしたっけ」 「……」 「今、デート中だった? 私と話してると怒られちゃうよ。結構ワルイ事したから、嫌われてるだろうし」 「あの、一体」 「ごめんねって言っておいて?」 「あ、はい……けど、まだ、ミツナは撮影で」 「あ、いないの? 待ち合わせしてたんだ。そっか。ドラマ撮ってるんだっけ?」 「……」 「撮影、長引いてるの?」 「多分、そう……かな」 「そっか」  彼女はじっと俺の瞳を見つめて、覗き込むように首を傾げた。と、思ったらにっこりと笑った。 「すごいよねぇ。私が遊んでた頃なんてただのモデルだったのに。今は超人気芸能人で」 「……」 「なんか、どこまで行くんですかーって感じ」 「!」 「フフ」  また、煌びやかに笑ってる。 「ミツナには悪いことしちゃったからなぁ、だから、これあげる」  彼女が小さな布の袋を出した。 「あの、これは?」 「んー? 媚薬」 「はいっ?」 「前にミツナに盛っちゃった」 「は?」 「もちろん、相手にされないどころかほっぽり出されちゃったけど。でも、危なすぎるやつじゃないから、楽しめるよ?」 「いや、そんなのもらっても」 「ミツナのパートナーさんが素直になれる、魔法のお薬」  まるで魔女のように微笑んだ。 「甘くて美味しいよ?」  魔法を使って、俺の心の中を覗き込んだみたいに、笑っていた。

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