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二人で媚薬編 9 ブランケット
「盛っちゃったって……」
そんなあっけらかんとした顔で言っていい……のか?
「……」
危ないものじゃないって言ってたけど。でも、そもそも媚薬なんてもの自体が怪しくて、危ないもの、じゃないか?
手に握らせられた小さな、ベルベッドの布袋。香り袋みたいなそれの中には青いカプセルが、まるで風邪薬みたいに封入されていた。青色はとても鮮やかで、サファイヤみたいに綺麗な色をしていたけれど。
これが、媚薬?
本物?
「悠壱!」
「!」
ものすごい足音が突然、廊下に響いて、驚いた俺はなんだか咄嗟にその「媚薬」とやらを自分のポケットにしまってしまった。それから顔を上げるのとほぼ同時、ものすごく焦った顔の実紘が飛び出すように現れた。
前髪を後ろに流して、黒のコートにインナーも黒、革靴も黒で、まるでハリウッドスターみたいな格好だなぁなんて。
「今、そこで、あいつっ」
あいつって、あの彼女のことか。
「まさかあいつもここの店使ってるとか知らなかった。なんか、悠壱にプレゼントあげたってっ、何? あぁ、マジでっ、悠壱っ」
実紘がものすごく慌てながら、俺を、もうすでに立ち去ってここにはいない彼女から隠して守るように、俺の腕をぎゅっと掴んでる。
「なんもされてないっ?」
「ぁ……いや」
されてはいない、けど、もらったものは、ある……かな。
「ごめんっ、遅くなって」
きっと焦ってるんだろう。言いたいことが溢れてるって顔をしてる。
「撮影すっげぇ時間かかって、何度か悠壱にメッセージ送ったけど既読つかなくて、隙見ては電話したんだけど繋がらないしっ、俺っ」
「え? 繋がらなかった?」
「全然。だからなんかあったのかと思って。撮影終わったまんまマネージャーに頼んでここまで車飛ばしてもらったんだ。そしたら、あいつがちょうど店から出てきて」
あぁ、だから、いつもと違うのか。昨日もそうだった。髪を全部あげてるから普段の実紘よりも大人っぽくて。
「くっそ……ね、悠壱、本当になんかっ、……」
苛立って舌打ちをした実紘が、その後ろに流している前髪を片手でクシャクシャにした。もったいない、今の髪型もミツナに似合っていてすごくよかったのに。
「何もっ、……悠壱」
せめて一枚写真に撮ってから乱して欲しかったな、残念、と思いながら、くしゃくしゃに乱された前髪を手櫛で整えた。
実紘は撫でられて、ぴたりと動きを止めた猫みたいにじっとして、俺をまっすぐ見つめてる。
「仕事、お疲れ様」
慌ててもらえて嬉しいな。それから急いでもらえたのも嬉しい。息も乱れてて。しかも変装もせずに、そのままで走ってきたのか? 通り過ぎた一般人はかなり驚いたんじゃないかな。あぁ、でもあまりに変装もなしに、そんな格好してるんだ、どこかでカメラが回ってて撮影って思うかもしれない。
全てが絵になるから。カメラを構えたら、もう視線を外せないくらいなんだよ。
本当に。
「とりあえず、中に」
「ぁ……うん」
さっきまでは妙に広くて、落ち着かなかったのにな。
実紘も一緒なら、そんなことなくて、個室でよかったと心地良ささえ感じられる。
テーブルの上に置いていた、いつでも実紘からの連絡に出られるようにしていたスマホはよく見れば確かに電波がなくて。画面の右上、その小さなシンボルマークを見落としてた。
「本当だ……電波、俺のスマホ届いてない。実紘も?」
「いや、俺は届いてるよ」
「そっか。ごめん。気が付かなかった」
置いてけぼりみたいに感じたんだ。お芝居なんてまだそんなに経験していないミツナにとってはとても大変な仕事だろう? でも、すごく頑張っていて、応援したいのに、また一つミツナがみんなに見られることに、ちょっと子どもじみた独占欲なんかを持っちゃったんだ。
「腹、減ってない?」
「……ぁ」
「俺も実紘と一緒に食べるからって、大して頼んでないんだ。だから腹。ぺこぺこ」
「……」
「すっごい頑張ったんだろ? ほら、夕飯」
「……うん」
でも、そんな子どもみたいな独占欲だから、こうしてちょっとしたことで満たされて、満足そうに笑ってる。
「……ぁ」
そして、ふと、今、気がついた。
「っていうか、なんで悠壱、廊下に立ってたの?」
うん。そうなんだ。ちょっと用があって廊下に出たんだった。すっかり忘れていたけれど。
「悠壱?」
なんだか肌寒くて、ブランケットを借りようと思ったんだよ。けど、わざわざそれを店員呼びつけてまで言うのも、ここ、完全個室ってうたってるからなんとなく気がつけて、スタッフのところまで借りに行こうとしてたんだ。
そしたら彼女にばったりそこで遭遇して。
「なんでもないよ」
でも、寒くなくなった。
「それより、俺、食べたいのがあるんだ」
「え、何? どんなの? 俺も食べたい」
実紘が来てくれたから、その途端にちっとも寒くなくなって。
「ずっと暇でメニューばっかり熟読してたから気になったのがあってさ」
どちらかといえば、ブランケットはいらないくらいに、ちょうどいい心地に変わっていた。
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