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二人で媚薬編 12 本心
媚薬、か。
何度目かの行為の後、ふわりと身体が楽になったというか、何かが抜けたみたいに、ふと軽くなった。でも、そんなに、なんというか……その――。
「水、飲んだ方がいいよ。悠壱、汗がすごかった」
「あ……うん」
実紘がベッドの端に腰を下ろして、ペットボトルのふたを開けてくれた。ヘロヘロで力入らないでしょって、笑って。水を受け取った俺の肩に唇で触れた。力入らなくなるまで抱いたから、ごめんって、謝りながら。
「ちゃんと洗った? 悠壱」
「うん」
一緒にシャワーって思ったけど、理性吹き飛ばして行為に浸りきった後のベッドを実紘に片付けてもらって、俺はその間にドロドロになった身体を洗って。入れ替わりで実紘がシャワーを浴び、今、出てきたところ。
「実紘も、ちゃんと髪拭かないと」
「んー」
「この間、スタイリストさんにそれ言われてただろ」
「んー」
ちゃんと乾かさないと、最近、カラーをたくさんしてるから傷んでしまうと言われていた。
「また今度、撮影で色を変えるってこの前言ってたし、だからちゃんと」
拭かないとだぞって、手を伸ばしたら、その手を実紘が掴んで、手の甲にキスをくれた。
「よかった。いつもの悠壱だ」
「……ぇ?」
ぽつりと実紘がそんなことを呟いた。
「……あ、実紘」
「ね、なんで、媚薬なんて使いたかったの?」
「!」
「試してみたいとか急に言ったけど、なんかあった?」
「そ、れは」
「何か、俺」
「ち、違うっ、実紘は何も悪くないっ、何か、その」
「……」
不安、にさせた?
俺の言葉をじっと見つめて、待っている実紘のまっすぐな眼差しに隠れるように肩をすくめる。本当に、何か不満があったとかじゃないんだ。実紘のせいじゃないし。実紘が悪いわけじゃないし。その刺激が欲しいとかでもなくて。
ただ。
「その……」
「うん」
「なんというか……」
「うん」
不安にさせたくなんてないし、不安になってしまうようなことなんて一つもない。ただの俺の。
「最近、実紘は忙しかった、だろ?」
「……うん」
「そ、れで、でも、俺は、その」
「……うん」
「実紘と……したい、な……と」
ぽつり、ぽつりと呟く。
それを耳を澄まして聞かれるととても居た堪れないほど、嘘のない本心を打ち明ける。呆れてしまうようなことなんだ。何言ってるんだと溜め息をつかれてしまっても仕方のない理由なんだ。
「できないのはわかってるし、今でも十分すぎて、贅沢だと思ってるし、そのわきまえてる」
「悠壱?」
「実紘にすごく、その、なんというか愛っ……されてる、のも」
「……」
「でも、最近すごく人気で、いいことなんだけど、ミツナの人気が出るとそれだけ、俺だけの、その実紘を……」
欲しくなる。
あげない、と子どもみたいに、みんなの前に差し出されるミツナを取り上げて、これは実紘で、君らのミツナじゃないんだぞと言ってみたくなる。
「だから、媚薬のせいにして、欲しいって言ってみようかな……と」
「…………けど、あれ、媚薬じゃなくない?」
「え、えぇぇぇ?」
「俺、前に盛られたじゃん? あの時と全然違ってたよ?」
「は?」
「まぁ、少しは興奮したりするのかもだけど、あんなやばい感じじゃなかったし」
「えぇ?」
「それに」
それに?
じっと実紘を見つめると、顔をくしゃくしゃにして、とてもとっても無邪気に笑った。テレビ画面でも、街中に溢れる広告ポスターでも見たことのない、真っ直ぐな笑顔。
「セックスの時、悠壱いつもあんくらいフツーにエロいじゃん」
「!」
そんな、だって。すごく何回も、その。それに熱くて、身体だってすごく敏感で、ちょっと触れただけで感じた、し。
「敏感なのも、感じまくるのも、いつもじゃん。まぁ、少し回数は多かったから媚薬とかじゃなくて、精力剤みたいなものかな」
でも、だって。そ、挿入だけで、俺。
「トコロテンも全部、普段、セックスの時、悠壱してんじゃん」
「!」
「っぷ、あはははは」
「! わ、笑い事じゃ」
「笑うよ、だって」
ケラケラと青空の下が似合いそうな笑い声。その声に真っ赤になったら、手が伸びてきて、丸ごと受け止めるように実紘の腕に引き寄せられる。そして、俺の名前を低く優しい声で呼んでくれるのを抱き締めてくれた腕の中で聞いた。
「悠壱にそんなふうに思ってもらえてたなんてさ、最高すぎて」
「……」
「人気者になる俺はイヤだった?」
「い、イヤなわけじゃなくてっその、」
本当に嫌じゃない。イヤじゃないけど、少し寂しい。少し、独り占めしたくなる。だから、少しだけ……イヤ、なのかもしれない。
「俺、必死に頑張ってたんだ」
「だから、俺も、それはっ」
「あんたと釣り合いのとれる男になりたくてさ」
「……」
「あんたの写真、動物の、を見てる人もいる。動物園からの話だって、そもそも悠壱の写真がすげぇいいから来た話で。大学の講師なんて、俺には絶対にできないことだし。だから、そんな悠壱の隣にいて笑われないように、不釣り合いって思われないようにって、芝居もさ」
すごく頑張っていた。日中は普通に仕事で多忙を極めるミツナに余ってる時間なんてないから、セリフ覚えるのが苦手と言って、夜遅くまで頑張っていた。
「免許だって、取ったのは、運転してるとこ悠壱に見せたかったからだし」
忙しいスケジュールをやりくりして、通いで免許を取ってた。仕事の移動中は教習本片手に、がずっとだった。
「俳優、とかなら、まだかっこつくかなって」
「……」
「悠壱の隣がふさわしい男になりたくて」
クスクスと笑っている。笑って、宝石みたいな瞳を濡らして、その奥に、その瞳をうっとりと見つめる自分が映っていた。
「すげぇ人気になったら、悠壱の隣、いても平気かなって」
「そんなの当たり前、だろ」
「だから、仕事頑張ってた。悠壱とセックスしたいのもすっげぇ我慢して」
「!」
「良い男にならないとってさ」
そんなの、しなくていい。
「少しくらい余裕のある」
「なくていいよ」
そんなのなくていい。
「余裕、いらない」
「……悠壱」
小さく頷いた。
「我慢しなくて、いいよ」
「……」
「だから、実紘」
「知らないよ? 俺、マジで相当我慢して、いい大人ぶってたから」
「っ」
「本当に抱き潰せるくらい」
その手を掴んだ。
そして、媚薬のわざとらしい熱はもう冷めて、本当に、本物の、何度も交わしたあの熱を求めるように引き寄せて、キスをした。
「実紘に」
「……」
「抱き潰されたい」
キスに混ぜながら、そう、媚薬の混ざっていない本心を打ち開けた。
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