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ハッピーバレンタイン編 4 お預け

 たったの一週間だろ。  そう言って、言い聞かせて、仕事に向かわせたけどさ。 「すみません。写真を色々追加したり差し替えお願いしたりして」 「いえいえっ、とんでもないです! より良いものにしたいとしっかり考えていただけてありがたいです!」  編集担当の女性がにっこりと笑って首を傾げた。 「私、特にこの黒髪のミツナ良いと思うんですよねぇ。最近のですよね?」 「はい。つい数日前のものです。オフショットですけど、事務所からはオフの掲載も許可出てるから」  本当につい最近の実紘の写真だった。 「もっとプライベートを、っておっしゃっていただけてこっちは嬉しい限りです」 「いえ、こちらこそ」 「ミツナの写真集って、あの時以来ですよね? 三ヶ月密着の」 「えぇ」  あの写真集は素敵だったと彼女が呟いて、空を見上げながらニコッと笑った。  三ヶ月密着の、というのは俺がミツナに出会って、今の関係になるきっかけになった写真集のことだ。 「あの時はまだ露出も今ほどじゃなかったし。秘密が多くて、そこが、知りたい意欲を掻き立てるっていうかぁ」  確かに、俺も、その名前くらいしか知らなかったっけ。それでも魅了された人間は多かったし、そんな彼の一欠片でさえも、魅力的だと思うほどだったから。 「けど、今はなんでもオープンなのがまたそそるんですよ」  そういう、もの、かな。  そんな疑問形の顔していたのかもしれない。  俺が特に何も言ってなくても、彼女はそういうものなんです、と、いつもよりも明るい口調で話してくれた。  彼の日常が垣間見えてる、彼が自分のことを素直に話してくれる。けれども、その向こうにある彼のプライベートを、その向こうにある全てを見ることはできない。その完全なプライベートをただ唯一知っている人のようには、堪能できない。 「まぁ、言っちゃうと、手が届くわけない推しのプライベートを見ることできて、ラッキーっていうか」  それを写真越しであっても知ることができる。  それがファンにとってはとても嬉しいんだと。 「とりあえず、異例のヒットになること間違いなし、だと編集長と話してます」  そんなに? 「なので、ありがとうございます」  いえ、こちらこそ。  そう、返事をしながら、ニコニコと向けられる彼女の笑顔にくすぐったくなった俺は、少し難しい顔をしながら、ぺこりとお辞儀をした。  モデルっていう枠を飛び出した「ミツナ」はありとあらゆるメディアに取り上げられる人気者になった。  こうして出歩いていれば、寂しくならないくらいに「ミツナ」を目にすることができる。  今日だって帰り道でそこかしこに「ミツナ」を見かけた。  たったの一週間だし。  喜ばしいことだし。  撮影が終わって帰ってきたら、長期オフがもらえるし。さすがに一週間はもらえなかったけれど、それでも五日もの休みをもぎ取れたのはとてもすごいことだ。その間、俺も仕事は休みだし。ミツナの専属カメラマンなのだからミツナが休みなら、撮るものがないわけで。今回、イレギュラーで写真集の編集っていう仕事に携わらせてもらってるけど。基本はミツナにピッタリと同行している。だから、俺も五日間休み。  ずっと一緒にいられる。  五日間も。  なのだから、たったの一週間くらい離れていても、たまには良いだろう? って思うくらいでないと。  いつもずっと一緒にいるのだから、こうして、久しぶりに訪れた一人の時間を満喫しよう、ってくらいでちょうどいいと思う。  今までずっと一人だったのだから、その気軽さを楽しめばいいんだ。  それこそ動物写真家として世界を飛び回っていた時なんて、本当に一人ぼっちだったのだから。それでも寂しいとは思わなかっただろう? 「へぇ、すごいな。世界遺産の街並みは」  今、ミツナがいる場所はヨーロッパだ。時差はどのくらいだっけ? とにかく遠いところ。  ご飯は美味しくないらしい。俺が作ったチャーハンが食べたいって、初日から根を上げてた。 「……」  生活時間が今ずれているせいで電話ができないんだ。それでなくても移動の時間も含めて一週間の撮影期間はスケジュールがびっしりだったから、ゆっくりしている暇もないのだろう。  もう少し辛抱がきく性格だったのだったのだけれど。  捉えたい動物の写真を撮るために、一日中、もっと数日の間、誰とも話さず、静かにただ待つができていたのにな。 「これはマネージャーに撮ってもらったのか……」  今は。 「……頑張ってるみたいだ」  ただ待っているのは苦手になってしまった。 「……」  ―― まぁ、言っちゃうと、手が届くわけない推しのプライベートを見ることできて、ラッキーっていうか。 「手が届くわけがない、か」  そう呟いて、自宅の、実紘がいつも居眠りをして俺にベッドへ行こうと小言を言われる、お気に入りのソファに寝転びながら、そっと手を天井に向けた。 「……早く帰って来ないかな」  そう呟いて、そっと目を閉じた。

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