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第10話

 * *  あれ以来九条くんは、ふらりと現れてはこうしてこっそりと七央を眺めて溜息をつく。  一度はっきりと振られたせいか、側に近付く事を怖がっているのだ。本当になんて残念な上位アルファなんだろう。  でもそんなところが逆に、親しみやすくて憎めないのだ。可愛いとすら思ってしまう。  「九条くん。 オレはきみを応援しているからね。何とか名誉挽回して、是非とも七央を幸せにしてあげて欲しい」  「理央……。 お前って、いい奴だな」  そうだろうとも。なんてったってオレは七央の幸せ守り隊なのだ。七央の幸せがオレの幸せなのだ。九条家の番になれば、七央の未来は約束されたも同然。応援しない訳がないじゃないか。  「それにしても、七央のフェロモンは本当にいい匂いだなぁ…。 こんなに離れてても分かるんだ。これが運命じゃないとか、あり得ないだろう? なぁ、理央。お前もそう思わない?」  「こんな所からでも分かるの? さすが上位アルファ種だね。オレにはちっとも分かんないや」  七央は今、カフェの厨房で珈琲を美味しく淹れる講習を受けている。ご実家の旅館に併設されるカフェのメニュー企画に七央はやる気満々で、どうせなら本格的なカフェにしたいと、自らこうして珈琲の講習会に参加しているのだ。  その厨房からオレ達が座っている席までは、直線にしても30メートル程あるだろう。辛うじて淹れてる珈琲の香りが届くくらいで、発情期でもない七央のフェロモンが分かる距離ではない。  そもそも同じオメガ同士。たとえ隣にいたとしても、七央からフェロモンが出ているのかいないのかすら判断出来ない。  「バーカ。そもそもベータのお前には分かる訳無いだろ」  「ーーー…そう、だね」  この距離でもオレをベータと疑わない九条くんは、やっぱりポンコツなのかもしれない。まぁ、オレにオメガの魅力なんか無いのだから当たり前か。 …それとも、本当に七央が、彼の運命の人なのかな。  ーーー チクリ  あ…、まただ。  この頃オレは時々このチクリを味わわされている。どういう訳か高確率で、九条くんのいる時に限ってこのチクリはやってくる。  今だってベータと誤解される事には慣れている筈なのに、何故だか九条くんにそう誤解されただけでチクリとやられた。  だいたい、このチクリは何なんだろう。今度七央に相談してみようかな。物知りな七央なら、この原因と解決方法を知ってるかもしれない。いい加減気になって仕方が無い。変な病気とかじゃなきゃいいんだけど…。  ずり落ちそうな眼鏡を指で支えながら、七央を眺めて惚けてる中身ポンコツの王子様を、訳もなく見つめていた。

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