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第19話
「それじゃ、理央くん。またね」
「退院したら遊びにおいで」
「はい。 あの、秋さん双葉さん。色々とありがとうございました。 絶対伺うんで、オレのこと忘れないでくださいね」
「勿論だよ。理央くんこそ、うっかり忘れたりしちゃ嫌だよ?僕達もう、お友達なんだからね」
素敵な番のご夫婦だった。
寄り添って帰って行く後ろ姿も仲睦まじく、オレはすっかりお二人のファンになってしまった。
しかもあの、中条家の方だったなんて…。
上流階級の方々って、本当に品が良いんだな。九条くんもそうだけど、アルファだとかオメガだとか、そんなのまったく関係ないみたいに接してくれる。
「七央も、あの一族の仲間入りかぁ。…凄いなぁ。さすが、オレの幼なじみだな。うん、次会ったら絶対に、おめでとうっ、て、…」
あ、あれ?
「おめでと…って、 …言って、」
何でだろう。
何でこんなに悲しいのかな…。
またポロポロと涙が溢れて止まらなくなる。
七央が九条家の番になったら、絶対に幸せになれる。そう思うのに…。
七央には幸せになって欲しい。それは間違いないんだ。でも、でも…。
でもそれは、本当に九条くんじゃなきゃ、駄目なの?
七央なら、他にもきっと幸せにしてくれるアルファがいるんじゃないの?
今はまだ出会ってないかもしれないけど、いつか九条くんじゃないアルファとだって、幸せになれるんじゃないかな?
「どうして…、九条くんは七央じゃないと駄目なの? オ、オレじゃ、…駄目、かなぁ」
今になって漸く分かった。オレは本当に馬鹿だ。こんなに…。こんなにも九条くんを好きになっちゃってた。
七央ばっかり見てる九条くんに胸がチクリとしたのも、オレに親切にしてくれて擽ったく感じたのも、全部全部、九条くんが好きだからだ。
七央に彼と会っちゃダメって言われて本当は凄く嫌だった。どうしてって。なんでって。
だって本当は、オレが九条くんに会いたかったんだ。
ベータだと誤解されたままなのも嫌だった。オレだってオメガなのに。七央ばっかり見てないでオレの事も見て欲しかった。
離れていても匂いが分かるなんてズルいって思った。それをうっとりしながら話す九条くんが憎たらしかった。
オレだって、オレの方が、…きみの事、好きなのに、って。
お医者さんが言ってた。ヒートの期間中は心が落ち着かなくて色々考えちゃうんだって。だからなるべくいい事だけを考えなさいって。
いい事って何だろう。あ、そうだ。さっきのあの仲睦まじい番のご夫婦。オレもいつかあんな素敵な番が出来たらいいな。そしたらきっと九条くんの事もいい思い出に出来るかな? あ、また九条くんの事考えちゃった。
「もう…、いやだ …うぅっ、ひっく、」
何をどう考えようと、最後は必ず九条くんが出てきてしまう。
「ぁ…、会いたいよ。、九条くんに、会いたい…」
会いたい、会いたい、会いたい。
九条くんに、会いたいよ。
今すぐにここに来て欲しい。あの大きな手で頭を撫でて欲しい。理央といると楽しいってまた言って貰いたい。それから思いっきり抱き締めて、理央の匂いはいい匂いだよって言われたいよ。
「九条くん…、九条くん…、」
初めてだった。
七央以外の人をこんなに恋しく感じるのも、側にいて欲しいと思ったのも。
それから、初めて七央が羨ましくて妬ましかったのも…。
「り、流星くんっ、…流星くん」
その夜は大好きな人の名前を呟きながら、病院の冷たいベッドの中で一晩中泣き明かした。
このまま朝なんか来ないんじゃないかと思うくらい、永い永い夜だった。
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