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第22話

 ****  「理央。 ほら、いつまでそこでグズグズしてるの? パーティ、始まっちゃうよ」  「だって、だって! こんなの聞いてない!酷いよ七央! オレをまた騙したなっ」  九条家の本宅へ七央と二人でやって来たのはいいけれど、パーティ会場の入口には『婚約披露宴』と看板が立っていた。  酷い…。あんまりだよ。やっぱり九条くんは誰かと結婚するんじゃないか。こんな事なら来なかった。知りたくないもの。  好きな人が知らない誰かと結婚の約束をする、そのお祝いなんか出来る訳ないのに。  「オレ、帰るっ!」  「あ、こら! 理央っ」  嫌だ嫌だっ!絶対に無理だよ!    誕生パーティだって本当に悩んで悩んで、ギリギリまで悩んで七央に相談したのに。  『せっかくの招待でしょ?行ったらいいのに。何なら僕も一緒に行ってあげようか?』  そう言われて漸く気持ちが固まった。  あのヒートの最中、ずっと会いたくて会いたくて堪らなかった九条くんに、どんな顔して会ったらいいのか分からなくて。つい最近九条家に来た事のある七央なら、このパーティがどんなものなのか知ってるんじゃないかと訪ねたら、身内だけのこじんまりした小さな誕生会だと言われた。  それでも悩んでたオレに、一緒に行ってあげるって言われて緊張しながらここまで来たんだ。…それなのに。  「婚約披露…、って。 何それ……」  闇雲に走ったら、広い庭で迷い子になってしまった。大きな樫の木の下に蹲り、白い息を吐きながらさっきちらっと見えた九条くんの姿を思い返した。  紺色の光沢のあるスリーピースのスーツがとても似合ってて、いつもよりもっと素敵でかっこよかった。明かりに照らされた栗色の髪がキラキラと輝いて眩しくて、ドキドキと胸がときめいて改めて好きなんだって思い知らされた。それなのに、その好きな人はもう誰かのものになっちゃうんだ。  オレじゃ駄目だった。やっぱりオレなんかじゃ駄目なんだ。  「ぅうっ、ひ…っく、」  胸のチクリがずっと止まらない。痛くて苦しくて、とても寒い。あのヒートの夜を思い出す。一晩中泣いて次の日パンパンに腫れた瞼と真っ赤になった目。  涙で濡れた眼鏡を外してポケットにしまう。  もう帰りたい。帰ってベッドの中でまた泣き明かすんだ。そんで朝になってまたあのみっともない顔を鏡で見たら、きっとまた諦めもつく。こんな顔のオメガなんだから、九条くんの恋の相手になんかなれっこないや、……って。  ふらふらと立ち上がり出口を探して歩き回る。仄かにラベンダーの香りのする庭は、所々に小さなライトが埋め込まれていて、裸眼のぼやけた視界には、まるで夜の星空の中を歩いているみたいな気分だ。  そういえば、九条くんの香りもラベンダーみたいないい匂いだった。  地面の小さなお星さまとラベンダーの香り。何だか九条くんみたいだな。  遠くにぼんやりと石像があるのが見えた。確か入口の門の近くにあんな感じの女神像があったはず。  漸く出口が見つかった。さぁ、帰ろう。もう二度とこんな所になんか来るもんか。  グイッと目許を拭った。ポケットの中から眼鏡を取り出し服の裾で涙に濡れたそれを拭く。  相変わらずずり落ちそうな野暮ったい黒縁の大きな眼鏡。そばかすが恥ずかしくて少しでも隠したくてこの眼鏡を選んだ。七央以外の誰もこの眼鏡を良くは思わないみたいだけど、オレのトレードマークみたいなもんだ。  そういえば九条くんも、一度もこの眼鏡をバカにしたりしなかったな。優しいんだよね。凄く優しくて親切で、飾ったところがなくて気遣いも出来て…。  「オレといるの、楽しいって言ってくれた」  あーあ。もう、やっぱり好きだな。  ヘタレで変な敬語使うけど、憎めなくて可愛いところもあって。ちっともアルファぽくなくて、一緒にいるとオレも楽しかった。  「おめでとうくらい、言ってあげたら良かった」  「じゃあ言ってよ」  ーーーー え?

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