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ep.4

「なぁ、暑いし。離れて?」  放課後、いつもの様に彼女と手を繋ぎながらの帰り道、三住は面倒そうに告げた。   「…今、三住が女に殴られた…」  飲食店内で桜庭の前に座る時田は外を眺め茫然としていた。 「ふあ?」と、ハンバーガーを口いっぱいに頬張った桜庭が窓の外へと視線を向ける。  確かにそこには三住が一人立っていた。  遠ざかっていく不機嫌な背中をした女の子はその相手なのだろう。  三住は周囲の視線も気にならないのか、ただボンヤリと立ち尽くしていた。 「あいつってあんなだったっけ? いつも色んな女と付き合っては愛想良くにニコニコしてたのに」 「さあ? 夏バテなんじゃねぇの?」  桜庭は興味なさげに勢い良くドリンクを喉へ流し込んだ。 「いやいや、まだそんな時期じゃな…って、わっ、三住コッチに気付いたっ、てか、えっ? 向かって来」  最後の言葉の前に、店の分厚いガラスに人の額がぶつかる鈍い衝撃音がし、桜庭は咥えたフライドポテトをポトリと落とした。 「狭ェッ狭いよッ!」  桜庭が座る二人掛けシートの奥へと三住はグイグイ詰めてくるものだから桜庭は思わず悲鳴をあげる。 「え? あ、ごめん」  そう口では言うのに引っ付いた肩を離そうとはしなかった。肩に伝わる知らない体温が落ち着かなくて、桜庭は無理矢理押し返してどうにか隙間を確保した。 「お前、怒ってたんじゃなかったのかよ…。トイレでの事もう忘れたのか?」  桜庭は黙々とドリンクを啜る三住を困惑した顔で覗くが、相変わらず無反応だ。 「てか、三住…良いの? さっきの…彼女だろ?」  時田が気まずそうに伺うが三住の態度に変化は無い。 「おい、桜。三住マジでどうしちゃったんだよ?」  コソコソと時田が桜庭に顔を寄せ尋ねた途端、三住は目を見開いて、勢い良くカップを机に叩き置き、大きく口を開いた。 「桜?! 何それ?! あだ名ッ??」 「ウルセッ!」  数十センチしか距離のない場所でやたら通る声が叫ぶものだから、時田は反射的に両耳を押さえ、シートに弾かれるように背中をぶつけた。桜庭も慄き肩を竦める。 「そ、そーだよ。どーせ俺には似合わないって笑いたいんだろ?」  桜庭が嫌そうにストローを噛みながら視線を逸らす。 「幾ら? 幾ら出したら呼んで良いの?!」 「ハァア?! お前が呼ぶの? ヤダよ、気持ち悪い」  思わずドリンクで咽せ返りそうになりながら桜庭は喫驚した。 「きもちわるい…?」細い声が三住から零れる。 「それに、これは友達しか呼べないんだよ! 特別なんだよっ」 「ガキの喧嘩か」と二人のやり取りを蚊帳の外で時田は呆れ眺める。 「じゃあ友達になりたい!」  駄々っ子のように三住はまたも奥へ奥へと追い込み桜庭は再びガラスにへばりつく羽目になる。 「ヤダよっ! なんで嫌いな奴と友達になんなきゃならないんだよ!」  あーあ、と時田は額を抑える。 「キライ…」  三住は切れ長な瞳を見開いてポツリと繰り返した。 「お前だって俺が嫌いだろ? 何なの急に、意味わかんねーよ!」  三住は急に大人しくなったかと思えば今度は突然泣き出した。嘘みたいに綺麗な瞳からポロポロと涙を流している。 「エエーーーッ!」  桜庭と時田は顎が外れんばかりに同時に絶叫した。 ─嫌い。 ─嫌いってこんなに苦しい言葉なんだ…。  知らなかったと、流れる涙を拭うことなく三住は俯いたまま呆然としている。  思わぬ反応にショックで血の気が引いた桜庭は何か、どうにかこの場を切り抜けねばと無い知恵を必死に捻る。 「イッ、イチゴシェイク奢ってくれたら呼んでいいよ!」 ─それが補欠合格が編み出した知恵の限界だった。  無言でシェイクを啜る桜庭の隣でデカイ図体をした男がモジモジしながら「さ、さくら。桜…」と小さく囁く。 「何だよ」と、ぶっきらぼうに桜庭が答えると、乙女のように三住は目を輝かせてはときめいて見せるので、時田は心の中で大発狂しそうになる自分をどうにか押し殺した。

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